■『電撃戦隊チェンジマン』感想まとめ9■


“Oh yes この腕で未来を
俺は 俺達は
電撃戦隊チェンジマン”


 ブログ「ものかきの繰り言」の方に連載していた『電撃戦隊チェンジマン』 感想の、まとめ9(49話〜最終話話)です。文体の統一や、誤字脱字の修正など、若干の改稿をしています。

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◆第49話「哀しきシーマ獣士」◆ (監督:山田稔 脚本:曽田博久)
 ブーバが駄目なら次はシーマだ、とスーパーパワーを放つギルークにより、シーマがメデューサ系の宇宙獣士ズーネへと変えられてしまう。 その異形の姿に「シーマ……」と呟くアハメス様の視線にはどこか憐憫が見えるのですが、 三銃士が倒された際もそれぞれ怒りを見せていたように、部下に手厚いのはポーズではなく、 かつて国を治めていた女王の女王たる所以であるのかも。
 地球に降り立ったズーネはその力により小石をダイヤモンドへと変え、我先にとそれを争い集める人々――だがそのダイヤは、 ズーネの放つ念動により、小型の爆弾にもなるのだった!
 この二段構えの恐るべき作戦に地球各地にパニックが広がる中、ズーネ=シーマと気付いた飛竜は、 あくまでもシーマを救いたいと説得にこだわり、端から見ると禁断の恋の炎が燃えたぎっています。
 「今のシーマは、自分の星を帰してもらいたくて戦ってるんだ。そして遂には宇宙獣士にまでされてしまったんだ!  シーマがどんな思いで宇宙獣士にされたかと思うと……俺にはズーネを殺す事など、絶対にできない」
 その真意は、鏡写しの互いの立場にあり、“今日のシーマは、明日のチェンジマンかもしれない” という事に劇中で徹底してリアリティを持たせてきたのが今作の凄み。
 地球に残っていたワラジーの笛の音がズーネの心に穏やかさを取り戻させ、伊吹長官はその光景を基地で凝視。 Sギルークの介入により飛竜とズーネが何処ともしれぬ海岸に吹き飛ばされる中、司令はワラジーとゾーリーの母子を電撃基地へと招き入れる。
 「ズーネは、この曲に、心を奪われていたみたいなんです。……様子が変だったわ」
 「それは宇宙で歌い継がれている、故郷の星を思う歌なのだ。星王バズーが侵略を始めた為に、 多くの宇宙人たちが生まれ故郷の星を追われた。そうした故郷を失った宇宙人たちの間で、いつの頃からか広まったんだよ。 ……きっとズーネにされたシーマも、故郷を想う気持ちが甦ったのだろう」
 ※独自の研究です。
 相変わらず謎だらけの伊吹長官の《知識:宇宙伝説》スキルですが、この“望郷の歌”に耳を澄ませている間、 戦士団の呼びかけに気付かないなど、ややいつもと違った調子で描かれ、何やら長官の背景にも繋がってくるのか来ないのか。
 チェンジマンはクルーザーに乗せたワラジーに笛を吹かせながら飛竜とズーネを探し回り、飛竜を襲っていたズーネは、 この笛の音により、再び心の底に強く残った望郷の念を揺り動かされる。
 (アマンガ星……私のふるさと。……帰りたい。……アマンガ星に帰りたい)
 ……これはこれで、某家畜化光線と同系統な気がしてきました。
 「私は、シーマ……アマンガ星の王女、シーマ……」
 Sギルークの介入により青と黒が派手に吹き飛び(未だに、隕石召喚の時に「スペース・なんとかー!!」と叫んでいる 「なんとかー!」部分が聞き取れなくて困っています)、スーパーパワー×ワラジーの笛の音×飛竜の《説得》(出目は微妙) ×シーマの想い、が激しく衝突した末、シーマは自我を取り戻して獣士から分裂。
 「スーパーギルーク! おまえの邪悪な力も、故郷を想うシーマの心には勝てなかったんだ!」
 人の心が、他者の尊厳を奪い道具に変える悪の力に打ち勝つ姿が描かれているのですが、同時にその人の心を持つ者が、 人の心ゆえに他者を虐げる側に回っている、という構造が大変えげつなく、それは“地球を守る為”という理由で、 チェンジマンも一線を踏み越えて向こう側へ行ってしまうかもしれないという危険性の暗示に繋がっている――すなわち、 二重の意味で、“今日のシーマは、明日のチェンジマンかもしれない”というのが実によく練られた構造。
 こういった「善悪の逆転性」は、初期《ウルトラ》シリーズにおいて印象深いテーマ性といえますが、 それをあくまで《戦隊》の型を守りながら展開する中で、チェンジマンと宇宙獣士の同一性が炙り出され、 怪物であるもう一つの自分を退治する、という鬼としてのヒーロー像に至る、というのは《仮面ライダー》シリーズを想起させて、東映的。
 そう見ると、ブーバ、シーマを通して描かれた宇宙獣士化が文字通りに「獣になる」というのも意味深で、 「軍人である」事に象徴されるように、強く社会に所属する人間英雄であるチェンジマンが、 半人半獣のかつての英雄を怪物として打ち倒す事で(異形の魔人と化したギルークは元々、ゴズマへの反抗者であり)、 宇宙を再生産するエネルギーが解放されていく、という神話的構造も見て取る事ができます。
 飛竜がシーマを救おうとするのは、かつてのタロウとの交友も踏まえた上で、無意識にこの同一性を感じている部分があるからなのかと思われますが (それはまた、これまで数多の宇宙獣士を葬り去ってきた潜在的罪の意識でもある)、果たして今作がどんな着地点に至るのか、大変楽しみ。
 「私はアマンガ星の王女シーマ。チェンジマンはこの手で必ず倒してみせるわ! そして、いつの日か必ず、我が星に帰ってみせる!」
 バトルに突入すると、目を覚ましたシーマは、シーマとして退勤。
 終局へ向けたヨセに入っているここ数話、ここまでの布石を掘り下げて的確に局面が固められている一方、 まだ最終局面に持ち込めない都合により、「色々あったけどアハメス一味に戻りました」というオチが続いているのは、 少し物足りなく感じてしまう点。
 遊撃部隊として独自の活動を行うSギルークの介入、という形を取る事により、Sギルークの存在感を出しつつ、 遠征軍に復帰する事の支障を取り除いている構造そのものは、巧いのですが。
 シーマという核を失い、周囲のヒドラ兵を取り込んで誕生した二代目ズーネは恒例のゴム鞠爆弾を放ち、 チェンジマンは連続パワーシュートでの反撃から、パワーバズーカでフィニッシュ。 ド派手に地中から登場したギョダーイがズーネを巨大化させ、地味に登場シーンに変化が加えられているギョダーイですが、 序盤に比べて明らかに遠距離から巨大化するようになっているのはやはり、一度仕留められそうになったからか(笑)
 巨大ズーネの締め上げ攻撃に苦戦するチェンジロボだったが、フルパワーでそれを引きはがすと、 風車斬りからサンダーボルトで一刀両断。死闘を乗り越えた5人は、ワラジーの笛の音を聞きながらしみじみと海を見つめ、 大宇宙で今も続く哀しみに思いを馳せる。
 「宇宙には、バズーに星を奪われ、彷徨っている宇宙人が沢山居るんだよな」
 「シーマでさえも、故郷の星に帰りたいと願っている」
 「あ! そういえば俺、ダイヤを一つ失敬してきたんだよな〜」
 そんなしんみりした空気を吹き飛ばす相変わらずがめつい勇馬だったが、ダイヤは元の小石に戻っていた、でオチ。一歩間違えると、 チェンジマン全滅だったぞ、勇馬。
 ……ところで、シーマは獣士ウーバのミルクを飲んで育てられた事によりヒューマノイドの姿になっている、という設定は、 忘れられていないか、ちょっぴり不安な今日この頃(笑) 序盤から伏線をかなり丁寧に広げ、そして拾っている今作だけに、 覚えているとは思うのですが……。
 次回――最近、存在意義を失いつつあったジャンゲランにも迫るリストラの魔手!

◆第50話「ゴズマが震えた日」◆ (監督:山田稔 脚本:曽田博久)
 宇宙獣士にされたシーマの自我を呼び覚ました“望郷の歌”の威力を目の当たりにしたチェンジマンは、 その笛の音を増幅して宇宙へ響かせようと考え、増幅装置を作る勇馬、そこに歩み寄る長官の背を背後から追いかけていくカメラ、 という冒頭の映像がこれまでと違う緊張感が出て格好いい。
 「ワラジーの吹く曲は、星を奪われた宇宙人が、故郷を偲んで作ったものです。ゴズマにも聞かせてやれば、あんな連中でもきっと、 故郷の星へ戻りたくなるでしょう」
 「うん。父ちゃんも今度こそ僕たちと一緒にナビ星へ帰る気になってくれるかもしれへんねぇ、母ちゃん」
 「そうやねぇ。そうなったらええなぁ」
 純真な少年が流してくれましたが、明らかにさやかの「あんな連中」の中に「父ちゃん=ゲーター」が含まれており、 本質的なところで子供と距離感のある渚さやか!(笑)
 「これまではゴズマに攻められてばかりだったけど、この笛を武器に、俺達チェンジマンがゴズマを攻めるんです」
 虐げられ押さえつけられてきた人の心が故郷への想いという形で一つになり、恐怖によるゴズマの支配を揺るがす!  という展開なのですが、少年が父親に貰った思い出の笛をにこやかに「武器」と言ってのけるのが、 青春を捧げた野球を殺人の手段に変えられてとうの昔に魔道に堕ちた剣飛竜の発言だけに根深く深刻で、大変、 チェンジマン(笑)
 白球に魂を込め汗を流していたあの頃の剣飛竜はもう居ない。
 戦争は、こんなにも人を変えてしまうのだ!
 チェンジマンは笛を吹くワラジーをジープに乗せながら走り回り、増幅された望郷の歌を耳にしたゲーターにギョダーイ (ここでギョダーイの存在も忘れないのが実に手堅い)、更にはシーマまでもが涙を流して望郷の念に囚われて立ち尽くし……やはりこれ、 某家畜化光線の亜種なのでは。
 「こらぁ! しっかりしろ!」
 そんな中、前々回、心まではゴズマではない姿を見せるも、そもそも宇宙海賊なので善人というわけでもなく、 望郷の念に同調する要素を持たないブーバが小悪党を貫くのが、良いアクセント。
 「アハメス、これはゴズマへの、由々しき挑戦だぞ」
 怒りのバズー様はアハメスにお仕置き光線を浴びせると、ジャンゲランを強制的に宇宙獣士化。二つの頭を持つ怪鳥ジャンゲランから、 ジャンとゲランという二体の宇宙獣士が誕生し、地球守備隊の基地を襲撃する事でチェンジマンを分断すると、ゲーター、 決死のダイビングアタック!
 「父ちゃんと、ナビ星に帰りたいんや……」
 「ゴズマが勝ったら帰れるんや! ええかワラジー、宇宙で一番偉いのは、星王バズー様なんやでぇ」
 「父ちゃん昔ゆうたやんか! 正しいもんは必ず勝つって!」
 「ええぃ、黙れぇ! 親に説教する気かぁ!」
 「ばかばかばか! 父ちゃんのばかばか! あほんだれぇ!」
 強引に笛を奪い取ろうとしたゲーターはワラジーと揉めると高圧的な態度に出てより頑なにさせ、ゴズマの地球侵略に協力し、 割と破壊力のあるビームとか出しながらも、“家族への愛情”だけは本物として描かれてきたゲーターが、 思うにままならない苛立ちを息子にぶつける姿が大変辛い(ゲーターの行動次第で故郷であるナビ星そのものが危機に陥りそうで、 ゲーターが背負っているのは、家族だけではないと思われるのがまた辛い)。
 再びジャンゲランに合体する事でパワーバズーカを回避する、という荒技を見せたジャン・ゲランの挟撃を受けたチェンジマンは追い詰められるが、 飛び込んできたゾーリーの毎度お馴染みピンクの球体でなんとか脱出に成功。だが、ブーバに脅されたゲーターから、 笛を渡さなければ無差別攻撃を続ける、と最後通牒を突きつけられ、それを聞いた飛竜は、 今回の作戦が親子の仲を引き裂いてしまうものだったと謝罪。
 作戦を中止し、責任を取って始末を付けてくる、と突撃を敢行しようとするチェンジマンをゾーリーが必死に引き留め、 こんなピンクの着ぐるみと、心の通い合いが成立して見える積み重ねがお見事。
 「俺達は、いつもこういうピンチを切り抜けてきたのさ」
 呼び出しの場所に赴く5人だが、後を追ってきたワラジーが最後の機会と笛を吹き……しかしそれはもう、ゲーターの心には届かない。
 「ワラジー! 早く渡せ!」
 「もう父ちゃんじゃない! こんな笛ーーー!」
 あくまでも笛に執着する父の姿にワラジーは笛を投げ捨て、砕け散る笛――家族の絆の象徴。
 「もう父ちゃんなんかおらへん! 父ちゃんの、ばかやろー!」
 「ゲーター! よくもワラジーの最後の願いまで踏みにじったな!」
 家族を救いたいという思いが家族を破壊してしまった事に苦悶するゲーターは頭を抱えて走り去り、子煩悩な父親像、 だけは確固としたイメージのあったゲーターが、戦争の荒波の中で身勝手な父親に転じてしまうのは衝撃的。 そこに高笑いを被せる下衆ぶりの素晴らしいブーバがジャン・ゲランを召喚して、主題歌バトルへ突入する。
 ジャンとゲランの猛攻を受け、冷やされたり熱されたり忙しいチェンジマンだが、ドラゴンの挑発により隙を作ると、ジャンを爆殺。 巨大ジャンのブレス攻撃で凍ってしまうチェンジロボだったが今回もフルパワーで脱出し、 電撃剣とシールドを接続して閃光を放つ脳細胞破壊技から、サンダーボルト。
 ゾーリーとワラジーを探す飛竜達だが、二人は「これ以上迷惑をかけられない」と姿を消し……そのゾーリーの体に異変が?  そしてゴズマから離れられないゲーターは、妻子に背を向けるしか出来ないのであった……。
 てっきり、反攻作戦からゴズマの支配体制に綻びが……と来るのかと思いきや、この局面で逆転の一手の失敗から一家離散続行、 失意のチェンジマンのままつづく、という怒濤の連続もの展開。ぐっと盛り上がってきたところで次回――ナナちゃん再び。

◆第51話「ナナよ!伝えて!」◆ (監督:長石多可男 脚本:曽田博久)
 ようやく大星団ゴズマ本社総務課で書類が認可され、クレジットが「スーパーギルーク」 に変わった記念に副官コンビを従えて行動するスーパーギルークに対し、 副官も作戦の主導権も奪われてしまいすっかり蚊帳の外でゲーターから情報を聞き出そうとするアハメス様の姿が大変もの悲しく、 そろそろ廊下に頽れながらハンカチを噛みそうな勢いです。
 余裕綽々のSギルークはそんなアハメスへの嫌がらせとして、進行中のネオジャンゲラン誕生計画をとくとくと講釈。
 それは、大量に集めたジャンゲランの卵をゲランの火炎放射で暖めてから高熱高温のマグマに投じる、というものだった。
 「この試練に耐えた、たった一つの卵から、ジャンゲランよりも恐ろしい、ネオジャンゲランが誕生するのだ」
 つまり、ネオジャンゲラン=ドラゴンコンドル。
 「素晴らしいぞ。宇宙で最強最大の怪鳥・ネオジャンゲラン。その伝説が甦ろうとしている」
 「恐らく街が廃墟になった時、ネオジャンゲランが、誕生するでありましょう」
 「廃墟に生まれる命。まさに大星団ゴズマの地球征服を象徴するような、光景だ。なんとしても、ネオジャンゲランを誕生させよ」
 Sギルークからバズー様へのプレゼン回想が挟み込まれ、宇宙の闇を背景にマントとステッキを翻すSギルークの姿 (真紅の色彩が実に映えます)と、伝説の復活にワクワクするバズー様の姿が大変印象的。
 一方、高校を辞めて新聞配達をしながら暮らしていたナナは、教会に潜んでいたゾーリーとワラジー母子を見つけ、 産気づくゾーリーからゲーターへの伝言を頼まれる。街では、マグマの熱に負けた卵が地上へと浮上して爆発する、 というネオジャンゲラン誕生計画の副産物による大規模無差別爆破テロが巻き起こっており、その痕跡を追うチェンジマンと、 ゲーターを探すナナは、卵の運搬役をしていたゲーターと山で揃ってばったり遭遇。
 「剣さん! ゲーターの赤ちゃんが生まれるんです!」
 衝撃発言に狼狽する飛竜の表情が地味に面白い。
 喜ぶゲーターの姿を思わず微笑ましく見つめてしまうチェンジマンだが、そうは問屋が卸さない、 と現れたSギルークはゲーターに任務の続行を強要する。
 「おまえ! その手で赤ちゃんを、抱きたいとは思わないのか?!」
 「……どないしたらええのやろ……」
 悩めるゲーターは結局はゴズマを裏切れずに卵を担いで走り去るが、ネオジャンゲラン誕生計画の余波により、 ナナから聞いた教会付近が壊滅の危機にある事を知ると、動揺して卵を取り落としてしまう。 ナナとチェンジマンをスーパーパワーで弾き飛ばしたSギルークはこれを激しく叱責するが、そこに戻ってきた飛竜は、 Sギルークのお仕置きビームから身を挺してゲーターをかばう。
 「ゲーター、頑張れ。おまえの愛する家族は、おまえを待ってるんだ! ゲーター……やっと生まれてくる、 小さな子供の為に頑張るんだ! 本当の父親になるのは、今だぞーー!」
 前回、「父親失格」となったゲーターに父親として家族を取り戻すチャンスが与えられ、 それが“ゴズマから離脱する覚悟”と重ねられているのが、秀逸。
 そして、一切の躊躇なくゲーターをかばう飛竜の姿により、征服者と被征服者の構造を持った「戦争」であり、 集団の中で個人の意思は圧殺されているとはいえ、侵略者の一員としてそれなりの悪行や破壊行為に荷担してきた者を許すのかどうか、 というミクロ視点の問題に対して、何よりも今は、繰り返される哀しみを止める為に戦う というチェンジマン(『チェンジマン』)の選択が示されたといえます。
 個人単位での罪に対する裁きが必ずしも最適解と限らないとはいえ、 メタファーを含んだフィクションなればこそ因果応報の成立には意味の大きい面があるのですが、 今作は徹底してマクロ視点の「戦争」を基盤に置いていた事でこの解答を成立させ、そしてやはり、 チェンジマンの戦う敵とは“そんな世界の在り方”そのものである、という構造が浮かび上がります。
 「わいは! わいは赤ちゃんを抱きたいんや!」
 悩乱の既にアジトへ飛び込んだゲーターは必殺ボディプレスからビームを乱射してジャンゲランの卵を片っ端から破壊すると、 “父親”として戦う事を選んでゴズマを裏切り、ナナと共に教会へ。
 ブレスレーザー一斉発射から集団タックルという荒技をSギルークに仕掛けたチェンジマンはレッツチェンジし、 間接的に“子供を守る為”に戦う事で根幹のテーゼに支えられた熱いバトル。
 計画が水泡に帰したSギルークらは撤退し、残ったゲランのホーミング火球に苦戦するチェンジマンだったが、 クロスハリケーンソードによる脳細胞破壊から、パワーバズーカ。巨大戦ではチェンジロボが火あぶりにされるも、 シールド防御で炎を食い止め、カウンターの風車斬りからサンダーボルトで成敗し、 振り返れば第32話からチェンジマンを苦しめ続けた怪鳥ジャンゲランは、遂に最期を迎えるのであった。
 そもそもはスーパーアハメス編における対チェンジロボ要員として登場したジャンゲラン、 怪人とロボの中間的なスケールというポジションの独自性に、“高みから見下ろす” アハメス様の在り方にふさわしい簡易玉座としての機能で存在感を発揮し、最終的には宇宙獣士になる事で、 玉座の喪失によるアハメス様の転落を暗喩する、という大変良い使い切りぶりでした。
 特撮的にはなかなか、大きさといい飛行シーンといい出すのが大変そうではありましたが、面白かったです。
 割と因縁の強敵を打破し、笑顔で教会に向かった飛竜達だが、そこで目にしたのは倒壊した教会。 立ち尽くすナナと呆然と座り込むゲーターだったが、瓦礫の下から赤ん坊の泣き声が響き、それを頼りにどけた瓦礫の下には、 無事だったゾーリーとワラジー、そして生まれたばかりの赤ん坊の姿が!
 「わいの、赤ちゃんなんや……女の子や! 女の子やでぇ!」
 ゲーターは歓喜にむせびながら赤ん坊を抱き上げ、ここにゴズマによって引き裂かれていた家族は念願の再会を果たし、それは小さな、 だが確かな希望の光なのであった……。
 廃墟に生まれたのは宇宙怪鳥ではなく小さな命であった――とナレーションさんが綺麗にまとめて、つづく。
 それにしても、すっかりゲーター一家を受け入れ、赤ん坊を「可愛いー」と囲むチェンジマンの面々も、1年間の激闘の中で、 適応力がたくましく成長しました(笑)
 手段こそ「闘争」でありましたが、そういう「理解と共感」が折に触れ織り込まれてここに至っているというのも、今作の良いところ。

◆第52話「ブーバ地球に死す」◆ (監督:長石多可男 脚本:曽田博久)
 「ゲーターに寝返られるとはなんたる大失態!」
 やはりゲーター、超有能な操縦士だったの?! と思ったら続く台詞からそういうわけでもないようですが、 ネオジャンゲラン誕生の時をワクワクしながら徹夜で待っていたバズー様は、大激怒。
 「裏切り者が出るなどという事は大星団ゴズマ始まって以来の由々しき出来事」
 鉄の結束を掲げる大星団ゴズマの恐怖政治に空いた蟻の一穴を重く見たバズーは、ギルークへとお仕置きビームを浴びせる。
 「星王バズー様! スーパーギルークの失態は、この女王アハメスが埋め合わせをいたします」
 「なに?」
 「大星団ゴズマへの、最大の忠誠は――命を捧げて示すもの」
 失地挽回のチャンスとばかりに顔を見せたアハメスがバズーを見上げる姿を俯瞰で捉えつつ、直後に、 横で膝をつくギルークへ冷笑を向けながら見下ろす視線に続け、その表情が大変素敵かつ、実にアハメス様。
 カット割りと視線の動きで、アハメスの抱く精神的・心理的な上限関係を鮮やかに強調しているのですが、 もはやアハメス様の精神構造が「バズーに膝を屈して服従を誓いながら、それ以外の他者を見下ろす事に優越感を覚える」 ところに押し込められている事が明示されており、この後のアハメスの行動とも繋がっていて、なんとも悲劇的。
 一方、上司二人が会議に出席中の遠征軍母船では、シーマが考えに沈んでいた。
 (ゲーターが裏切るなんて……あの意気地無しのゲーターが。赤ちゃんを抱きたい一心とはいえ、よくぞ思い切った事を)
 「おまえも裏切るか? 脱走するなら、今だぞ」
 背後から挑発したブーバは振り向きざまのシーマの一撃を軽々とかわし、飄々と指を鳴らす格好いいモード。
 前半、長石監督の参戦にともなうような形でコメディリリーフ要素を付加されていたブーバが、この最終盤、 長石監督回で実にドラマチックに描かれるのが不思議なローテの巡り合わせですが、 ブーバを演じる岡本美登さんが次作『フラッシュマン』で演じた悪役の初登場シーンが物凄く格好良く演出されていたりもするので (未だに忘れられないレベル)、長石監督が演技を気に入っていたなどもあったのかもしれません。
 「そうムキになるなよ。それとも、ムキになるところを見ると……案外、図星だったかな?」
 再び衝突寸前、謎の銀フードをともなってアハメスが帰還し、チェンジマンに挑戦状を叩きつけた一味は、 ヒドラ兵も交えて地上で集団バトルに。謎の銀フード、そしてナナが戦いを物陰から見つめる中アハメス様のマジカルタイフーンが炸裂し、 戦況を見守っていた銀フードが立ち上がってフードを脱ぎ捨てると、その下から現れたのは両生類系の宇宙獣士ダリル。
 ダリルとシーマがチェンジマンを挟み込むとマグネットパワーが発動し、 咄嗟に直線上から逃れたドラゴンが飛び蹴りを浴びせてダリルを引きはがすと、シーマはその場に倒れて気絶。アハメス一味は撤収し、 辛くも窮地を脱出したチェンジマンは、基地で伊吹長官からダリルの放ったエネルギーの正体を教えられる。
 それは、シーマの持つアマンガエネルギーと正反対の性質を持ち、両者が近づく事で破滅的な事態を引き起こす、 反・アマンガエネルギー。
 (※独自の研究です)
 そしてそれこそ、シーマの故郷・アマンガ星を壊滅に追いやった力でもあった!
 「反アマンガエネルギーを出して、たくさんのアマンガ星人と、アマンガ星の文明を、消してしまったんだ!」
 遠征軍母船では怒りのシーマがダリルに切りかかろうとしてブーバに止められ、伊吹長官の独自研究が裏付けられてしまいましたが、 宇宙獣士ダリル(の同族)は、アマンガ星で次々と自爆を繰り返しながらアマンガ星人とその文明を消滅させていった事になり、 壮絶な破滅の光景であると同時に、“道具”としての宇宙獣士の心の失われようもまた、凄惨。
 「そう。素晴らしいエネルギーではないか。シーマとダリル、おまえたちの持つ相反するエネルギーを出し合って、 今度こそチェンジマンを倒すのだ!」
 「私に死ねとおっしゃるんですか?!」
 「それがどうした? ゴズマの為ならば、命を投げ出して戦うのが、我らの使命であろう?」
 艶然とシーマを見下ろすアハメス様、その背後に無言で立つブーバ、返す言葉もなく顔を背けるシーマ、 の三者三様を一つのフレームに収めてぐいぐいとアップで表情の芝居を積み重ねていくのは、 「ブーバの表情が出せるのが目の周りだけ」という事情があるのかと思われますが、ブーバだけを大写しにするのではなく、 通して各キャラの表情を印象的に映しながら、「視線」に意味を持たせる演出でエピソードを統一する事で、 クライマックスの集約となるブーバの表情(目)に向けて、自然な流れを作っていくというのが、さすがの長石監督。
 (これだけ、ゴズマに尽くし、ゴズマの為に戦ってきたのに、なんと、アマンガ星を滅ぼした宇宙獣士ダリルと一緒に死ねとおおせられる。 では私は、何の為に戦ってきたのだ)
 シーマのトラウマを抉るアハメス様の作戦は完全に悪手なのですが(立場が悪くなった焦りもあってか、 もはや見下ろしている相手の心が完全に見えなくなっているともいえるし、それは普遍的な、強者にとっての「蟻の一穴」でもありましょうか)、 ここでアハメスが、Sギルークのスーパーパワーのような直接的な獣士化ではないものの、 シーマに対して実質的に「宇宙獣士になれ」と要求している、のが実に巧妙な切り口。
 この最終盤、それぞれ事情を持ったゴズマ遠征軍に対し、今作は物語として「救うべき者」と「救えない者」の間に線を引いていっているのですが、 これによりアハメス様は完全に「救えない者」の側に回った、という事なのかなと思います。
 「しょせん俺達は使い捨てだったのよ」
 道具として死ぬ事を求められ悲嘆にくれるシーマをブーバは物陰から見つめ、過去にあっさり派閥を鞍替えしているように、 世渡りと割り切っていそうなブーバが何故シーマを気に懸けるのかは、クライマックスで明らかになる事に( 少なくとも私はスッキリ腑に落ちました)。
 (アマンガ星を復活するという、私の夢は、私の願いはもうかなえられないんだ……)
 進退窮まるシーマだが、その心の叫びを、テレパシーとしてナナがキャッチ。
 何故か、伊吹長官もキャッチ。
 (帰りたい……私の星アマンガ星。もう、戦いは嫌)
 電撃基地に厄介になっていたゲーター一家もキャッチし、シーマの心奥から迸る強い本音として、 どうやら地球人以外?にテレパシーとして届いているようですが…………い、伊吹長官?
 何やら伊吹長官の「謎のテクノロジー」「謎の宇宙伝説知識」「謎のアースフォース信仰」に説明がつけられそうな気配が漂ってきましたが、 これがもし伊吹長官だけがキャッチしていたら、あ、この人こうやって、宇宙からの電波、 もとい伝説をキャッチしていたのか(※独自の研究です)となるところだったので、 ナナちゃんとゲーター一家が居て本当に良かった。
 「みんな! シーマを助けるんだ!」
 長官の号令一下チェンジマンが出撃した頃、テレパシーを感じ取ったナナはシーマの元に辿り着き、 共にゴズマからの逃亡を呼びかけるが、そこに突き刺さるアハメス様のマジカルビーム。
 「シーマ! 何を血迷っている。ダリルと共に命を捧げるのだ」
 二人は手に手を取って逃走し、ここに結成される、剣飛竜被害者の会!(あれ?)
 「ゴズマから逃げられると思っているのか?」
 その背に向けられる、落ちるところまで落ちてしまったアハメス様の台詞が、もの悲しい。
 「遂にシーマも裏切ったか。裏切っても行くところのある奴はよい。ふふふ……宇宙海賊ブーバに、帰るところはない」
 物陰のブーバもまたその背に向け呟き、望郷電波作戦がブーバには無効であった、というのが効いて、 ブーバの立ち位置の説得力を強めて巧い。
 ナナをかばいながら追撃のヒドラ兵を切って捨てるシーマ(ゴズマとの手切れをしめすイニシエーション的戦闘) であったがアハメス様が追いつき、今回、上述したように「視線」が重要な意味を持って演出されているのですが、 ジャンゲランを失うも自ら山腹に登り、徹底的に高所から他者を見下ろす位置に立っているのがアハメス様らしくて素晴らしい。
 絶体絶命のその時、駆けつけたチェンジマンが集団ブレスレーザー。
 「アハメス! 命を命とも思わぬ、虫けらを扱うようなやり方! 許せんぞ!」
 「飛んで火に入る夏の虫とはおまえ達の事よ。宇宙獣士ダリル、今だ!」
 高い、アハメス様の位置が高くて、地面からのズームインが、長い!
 「みんな消えてしまえ!」
 アハメス様は最高にいい笑顔を浮かべ、ダリルとシーマの反応による イデ 対消滅エネルギー発動の寸前―― 戦場に飛び込んできたブーバが空中回転からシーマに剣を振り下ろす!
 「ブルバドス・活人剣!」
 叫んだ技の名前で既にネタが割れてはいるのですが……乱入のタイミングといい、回転斬りのアクションといい、 推察できる真意といい、格好良すぎるぞブーバ!!
 飛竜は倒れたシーマを抱き起こしてその死を確認し、荒野に響くナナの慟哭。
 「シーマなど必要ない! 宇宙海賊ブーバに任せてもらおう!」
 作戦を台無しにされたアハメスの糾弾を正面から受け止めたブーバは力強い眼差しでチェンジマンに向き直り、 言ってみれば着ぐるみの怪人寄りのデザインであったブーバの、表に出た目元に連続でカメラを寄せ、その心情を剥き出しにする事で、 怪人から人間へ、ゴズマ遠征軍副官から宇宙海賊へ、二つの意味で生身のブーバが出現する、というのが感情の高潮と重なって盛り上がり、 岡本さんも、物凄く気合いの乗った芝居で魅せてくれます。
 「ブーバ、アハメス、許さん! レッツ・チェンジ!」
 対するチェンジマンの変身が、泣き役をナナちゃんに振る事により、内に溜めた怒りを爆発させる、という形になっているのもまた巧妙。
 チェンジマンは絶叫と共に突撃し、道中色々ありましたが、最後に、あくまでも好敵手として、 ブーバとドラゴンがたっぷり一騎打ちしてくれたのは嬉しかったです。
 「勝負!!」
 「でやぁぁぁぁ!!」
 互いに手傷を負いながら両者は夕陽をバックに壮絶に切り結び、同時に飛び上がった瞬間、あ、これ、「ドラゴンソード!(投擲)」 でざっくり間合いの外から殺っちゃうパターン……? と冷や汗が出ましたが、さすがのドラゴンも今回ばかりは飛び道具は自制し、 互いの魂と魂を乗せたぶつかり合いの末、僅かに早くドラゴンの一撃がブーバを捉える!
 もんどり打って斜面を転がり落ちるブーバだが、消耗したチェンジマンにはダリルとアハメスの攻撃が迫り、思わず駆け寄ったナナは、 アハメス様のマジカルタイフーンを防ぐリゲルシールドを発動すると、リゲル星人としての姿に変身。
 このくだりはやや唐突でしたが、ゴズマとの戦いが佳境に入っていく中、ナナもまた、 “大切な人達を守る為に戦いから目を背けない”事を選び、その象徴としての変身、と取れるでしょうか。
 そして、ナナの決死の行動によりアハメスとダリルの攻撃が止まったその時、 ブーバの斬撃により心臓の止まっていた筈のシーマが突如立ち上がり(ここは本当にいきなりで、ナナの変身とシーマの復活、 という二つの要素を入れる都合でやや強引になってしまった感が勿体なかった)、衣装と声がチェンジすると、ブーバへと駆け寄る。
 「ブーバ、あなたは私を助けてくれたのね」
 そう、ブルバドス・活人剣とは対象を死に至らしめるのではなく、仮死状態に陥らせる秘剣だったのだ。
 「いや……おまえは死んだんだ。そして生まれ変わったんだ。綺麗だぜ……やっぱりおまえは、お姫様だ」
 ……ああそうか、シーマはどこか、ジールに似ていた、のか。
 ブーバ、基本的に下衆な小悪党の一方、正しく“人間くさい”ので、下心もあれば侠気もあって、 心に余裕がある時にシーマを気に懸ける事そのものは今回の話の流れに違和感を覚えない程度には納得できつつ、 それにしても少し気に懸けすぎではというのはあったのですが、甦ったシーマの衣装配色が黒メインから赤メインに逆転し、 倒れたブーバがシーマの頬に指を伸ばしたこの瞬間、全ての線が一本に繋がって、ストンと腑に落ちました。
 実際にどこまで計算していたのかはわかりませんが、ジールのデザインやキャスティングは、ここからの逆算だったのかな、と。
 「アマンガ星の、いいお姫様になるんだぜ」
 立ち上がったブーバはアハメスを目指して一歩ずつ詰め寄っていくが、裂帛の気合いと共に剣を振り上げたところで力尽き、 カッと目を見開いて倒れると、大爆死。
 だがその隙に体勢を立て直したチェンジマンは電撃ビクトリービームからのバズーカでダリルを撃破し、巨大戦はもうホント、 消化試合という事で、成敗。
 失地挽回の為の渾身の作戦の筈がかえって遠征軍の内部崩壊を加速させてしまったアハメス様は引き下がり、 墓標のように荒野に突き刺さったブーバの剣に歩み寄り、シーマは涙を流す。
 「さよなら…………ブーバ」
 記憶喪失回もでしたが、あまりにも飯田道郎さんボイスの印象が強すぎて、女声だともはや違和感があるのは…… キャラ作りが巧すぎた反動というかなんというか。
 「ナナちゃん、チェンジマン、ありがとう。ゴズマが居る限り、勇気を出して、戦います」
 「宇宙は変わるのさ……美しく、平和な宇宙になるんだ。早くそういう宇宙になっていれば…………ブーバだって、 宇宙海賊にならなかったろうに!」
 ナナとチェンジマンもブーバの剣に花を捧げ、前回、チェンジマンとしての道を示したのはともかく、ブーバは前身から宇宙海賊だし (ゴズマ以前の回想シーンでもだいぶ悪い感じだった)……というところをきちっと拾ってくれたのが今作の抜かりの無さ。 そしてそれが、そんな悪を生んでしまう世界の否定、というチェンジマンの道をしっかり補強してもいます。
 同時にそのブーバが最後の最後に、死と再生をもたらす事により「副官シーマ」の罪を引き受ける事を選んで散っていったからこそ、 チェンジマンにとって、花を捧げるだけの男になる、というのも、お見事。

チェンジマンの好敵手、宇宙海賊ブーバ、地球に死す。
年齢――不明。
生年月日――不明。
生まれた星も――不明。

 最後に、滅茶苦茶沁みるナレーションがトドメを入れて、会心の出来で、つづく。
 アースフォースに選ばれて戦うチェンジマンをはじめ、今作の主要キャラはそれぞれ故郷の星と紐付けされ、 ある意味で執着しているというのが大きな特徴ですが、その中で異色といえるブーバの位置づけが強調される事で、 決して正義に目覚めたわけではないなりに、やりたい事をやって己の海賊魂に殉じるという形で、 宇宙海賊ブーバとして最期に自分自身を取り戻した事が劇的な一押しで示されるのがキャラクターの着地として美しく、 そこに漂う一抹の寂寞も含めて大変良いラストでした。
 次回――決戦アハメス! そして伊吹長官がレッツチェンジ?!

◆第53話「炎のアハメス!」◆ (監督:山田稔 脚本:曽田博久)
 (宇宙海賊ブーバは死んだ。シーマもゲーターも裏切った。……とうとう、この私一人になってしまうとは)
 「今度はおまえが、その命をゴズマに捧げる番だな」
 目をくわっと見開いて淡々と告げるSギルークがやたら格好よく、前回シーマへ向けた言葉の代償を支払う形となったアハメスは、 SギルークとバズーのW獣士化光線を浴び、ついに宇宙獣士メーズへと変貌。
 その頃、ナナやシーマを迎え入れた電撃基地ではシャトルベースを改造整備の真っ最中だったが、 メーズが振りまく妨害電波の影響で基地のコンピューターに異常が発生。迎撃に出るチェンジマンだが、 初球から投じた大リーグバズーカ2号を秘打・マジカルピッチャー返しでホームランされてしまう。
 「恨み重なるチェンジマン!」
 鏡獅子のごとく白銀の頭髪を振り回すメーズの攻撃を受けた5人はまとめて吹き飛ばされ、Sギルークの攻撃同様、 威力が強すぎてチェンジマンを戦闘から離脱させてしまう、というのは終盤に目立つ面白くないやり口 (強敵を相手にどうヒーローを一時退却させるのか、というのは常に難しい部分ではありますが)。
 二代目必殺魔球を正面から破られ、強化スーツが無惨に損傷した事にショックを受ける伊吹は珍しく5人に優しく接するが、 妨害電波のめくら打ちによるメーズの攻勢は留まるところを知らず(女性クルーが基地内部の爆発に巻き込まれて吹き飛ぶのが衝撃的な映像)、 遂に電撃基地の出入り口が探り当てられてしまう。
 長らく所在が秘匿され、初期はゴズマ側の作戦目標ともなった電撃基地の住所が判明する事により、 かつてない危機とアハメス獣士の強敵感を出しているのですが、その手段は、虱潰しの絨毯爆撃という力技なのが、 身も蓋もないリアル(笑)
 「ここから先は、この私が通さないわ!」
 負傷している5人に代わり、足止めの為に打って出た王女シーマは凄く普通に格闘スタイルでヒドラ兵を蹴散らし、前回に続いて、 立場の変化を劇的に示す為のバトル。だが、額から放ったアマンガリウム光線はメーズに弾き返され、 王女と女王の格の差を見せつけられる。
 駆けつけた飛竜達もマジカル波動を浴び、背水の陣の電撃戦隊最大の危機のその時、 基地の中から飛び出してマジカル波動を受け止めたのは――なんと伊吹長官。
 そして、気合いと共にマジカル波動を跳ね返した伊吹は、青と黒の縞模様の異星人へと変貌する!
 色彩といい、そこはかとなく角や翼が生えているように見えるデザインといい、さんざん宇宙伝説を語っていた長官自身が、 古代地球に伝説を残してしまったのではないか疑惑も急浮上。
 「…………私はヒース星人、ユイ・イブキ」
 「宇宙人だったんですか……」
 激しいエネルギー波の衝突の末にメーズは一時撤退し、伊吹はチェンジマンらに、ゴズマに滅ぼされたヒース星唯一の生き残り、 という正体を明かす。
 「バズーへの復讐を誓った私は、ゴズマに勝てる戦士を探し求めた。そして、 それは地球のアースフォースを浴びた戦士しかない事がわかったのだ。(※独自の研究です)
 ……アースフォースを信じろ!
 アースフォースが君たちに与えた力は、必ずゴズマに勝てる。(※独自の研究です)いいか! この地球を守る事が、 宇宙を守る事になるのだ!」
 大星団ゴズマは放っておいてもいずれ侵略に来るので、地球に防衛の為の力を与えてくれた恩人とはいえるものの、 一歩視点を変えれば“復讐の道具として地球人を操っていた”と取れなくもない伊吹星人(地獄のサバイバルキャンプ……)ですが、 素性を明かすや否やすかさず、「(私ではなく)アースフォースを信じろ!」 と問題の中心を華麗にスライドし、更に大宇宙規模の使命感を後押しする事により、 自身に対する当然の疑問や疑念を差し挟む余地を与えず戦いに駆り立ててみせるという、凄まじい人心掌握術!
 「ほざくな! ヒース星人。偉大なるゴズマの力、今日こそ見せてやる」
 「黙れ! アースフォースの力こそ、見せてやる!」
 そこにメーズが戻ってきて、5人はレッツ・チェンジ。
 「私も戦うぞ!」
 空手の構えを取る伊吹に続き、剣を抜くシーマ、頷くナナ。伊吹星人に問い質したい事は山ほどあるもののの、 どんな苦境でも諦めずに戦い続けてきたチェンジマンが築き上げた繋がりと、全ての手駒を失い自ら獣となるしかなくなったアハメスとの激突、 という構図が盛り上がります。
 スペース空手を解放した伊吹は次々と素手でヒドラ兵を撃退し、シーマはトレードマークのハイキックと剣技を組み合わせて戦い、 ナナはベルトからジーニアスビームを発射。陸戦要員ではないナナがヒドラ兵に囲まれてピンチになると長官とシーマが助けに入るという見せ方のバランスもよく、 ヒロイン度の高いナナちゃんを飛び蹴りで助け、色々な疑問をパワフルなアクションで上書きしていく長官が、ズルい(笑)
 メーズの繰り出すマジカルビームを受けてチェンジマンが苦しむと、変身した長官は体を張ってその盾となり、 最終盤に突如登場したジョーカーキャラの趣はあるものの、シーマやナナとの共闘と重ねる事で、伊吹星人もまた、 チェンジマンがこれまでの戦いを通して紡いできた力の一つ、に収めてみせる見せ方は巧い。
 また、これだけチェンジマン陣営に異星人の仲間が増えてくると伊吹星人もそこまで突出した存在ではなくなり、 ゲーター一家とさえ手を取り合えたチェンジマンだからこそ、伊吹星人も自らの正体を明かして戦う事が出来た、 という理由は納得のできる形でまとまっています。
 「みんな、頑張れ! 俺達には、アースフォースがあるんだ!」
 伊吹長官のカバーリングを受けた5人は、相討ち覚悟のパワーシンボルアタックを放ち、その直撃を受けたメーズからアハメスが分離。
 「アマゾ星の女王――アハメス!」
 「アハメスが分離したぞ!」
 「なんという能力……いや、執念だ」
 「星王バズー様! アハメスの戦いぶりを、ご覧ください! ……メーズ、やれぇ!」
 アハメスはマジカルビームでチェンジマンを吹き飛ばすとメーズをけしかけ、自らは電撃基地へと向かう、が……
 「アはハハハハハ! あハハはは!」
 壊れたマリオネットのようにおぼつかない足取りで、哄笑しながら無差別に破壊の力を振るうアハメスは、 既に精神の平衡を欠いていた。
 「星王バズー様! アハハははハハ! アマゾ星を返してください! 私のアマゾ星を!!」
 それは、獣士からの強引な分離によるショック症状なのか、或いはいみじくもチェンジマンの指摘した通りに、 故郷の星を取り戻そうとする執念だけが分裂してしまった一種の幻像なのか、くるくるくるくる回りよろめきながら、 天上の支配者に向けて手を広げ、甲高い狂笑の合間に絶叫するアハメス様の姿が、強烈。
 一方のメーズはアハメスの分離によって弱体化した所に怒濤の必殺技ラッシュからパワーバズーカで爆殺され巨大化するが、 調子外れに笑い続けながらオペレーションルームに辿り着いたアハメスは、電撃基地の象徴といえるその場所を無惨に切り刻みながら、 噴き上がる炎に包まれていく……。
 「あハハハハハ! あははハ! アハははは! アハハははハ! バズー様、アハメスはこんなにもあなた様に忠実です!  あハハは……! おっしゃって下さい! アマゾ星を返すと! 女王にしてやると約束して下さい! バズー様! こんなにも忠実で、 強く、美しい女の願いを、バズー様! あなたは何故聞き届けてはくださらぬ?! アマゾ星を返すと! ……バズー様ぁ!!  アハハ! あははハはは! バズー様、バズー様ぁぁぁ!!」
 アハメスの白銀の鎧姿は、まるでバレエのプリマドンナのようでもあり、見えぬ天上に向かって手を広げ、 届かぬ声で叫び続けたアハメスは、自ら巻き起こした破壊の爆炎に巻かれながら哀れな舞姫として踊り続け――……そして、 炎に飲み込まれる。
 この終盤、ギルークもアハメスも、徹底して“悪に屈したチェンジマン”のメタファーであり、 表裏一体の鏡像――原初的な英雄に対する鬼――なのですが、それ故に、壊れてしまった操り人形が、己自身の執念に焼き滅ぼされる、 というのは、その執念により道を誤り、いつの間にか自覚のない操り人形になっていたアハメスに対する因果の報いとしてふさわしい、 象徴的な最期でした。
 では、巨大な悪に屈せず死ぬまで戦い続けるのが正しい事なのか? というのはまた別の問題になりますが、この物語において、 アハメスが決定的に道を誤った分水嶺があるとすれば、自らの目的の為にギルークを陥れた時なのだろうかな、 と(これは同時にSギルークにもいえます)。
 だからこそチェンジマンは、ゲーターやシーマに対し諦めずに手を伸ばし続ける事で、 本能的に“ゴズマになる”事を回避していたという一面もあるといえそうですが、 このテーゼを極めて印象的な一つの台詞に集約してみせた後の『星獣戦隊ギンガマン』(1998)は改めて凄かったな、と。
 そして今作全体としては、シーマやゲーターを通して、「悪に屈する事もあるかもしれない。だが、 勇気を持ってそこから立ち上がる事もまた、出来る筈(そしてヒーローは、いつだってそれを助ける)」事が描かれているのが、お見事。
 また物語としては時間をかけて「救えない側」であるという一線を引きつつも、アハメスをあくまで自滅させたのも、 今作らしい目配り。自らの選択により自滅していくというのがアハメス様らしいと同時に、 チェンジマンがアハメスを救おうとしないという状況を直接的に描いてしまう事を、うまく回避しました。
 女王アハメスは電撃基地を道連れに壮絶な最期を遂げるが、シャトルベースの脱出は間に合い、チェンジロボ発進。 巨大メーズの電波攻撃に苦戦するも、スーパージャンプによる空襲からスーパーサンダーボルトにより勝利するのであった。
 何話ぐらいから使っているかチェックするのを忘れましたが、(たぶん)後半に入って、サンダーボルトを決めた後、 太陽をバックに剣と盾を構える締めのポーズが、格好いい。
 「伊吹長官が宇宙人だったなんて……それで宇宙の事をよく知っていたのね」
 生き残った電撃戦隊は崩壊した基地を見つめ、これまでの諸々の《知識:宇宙伝説》についてフォローが念押しされるのですが、 改めて台詞にされると、妙に笑えます。そして、さやかさんは少し、気にしていたのか(笑)
 「たった独り地球へやってきて、電撃戦隊を作り上げたんだ。その基地が破壊されてしまうなんて」
 長官の心情を慮る飛竜だが、地球で戦争映画と任侠映画を見て今のスタイルをロールプレイしていたと思われるヒース星から来た男は、 力強く振り返る。
 「アースフォースを信じろ!」
 じゃなかった、
 「…………私たちにはまだシャトルベースがある! ……そして君たちが居る! 宇宙の仲間も居るじゃないか!」
 ここで、「兵器」にしか触れなかったらどうしようかと思ったのですが、「人」と「繋がり」に触れてくれてホッとしました(笑)  今作は基本的にそういう所はほとんど外さないのですが、なにぶん伊吹長官なので、ドキドキしましたよ!
 最終盤も最終盤での判明という事で、伊吹長官の明かされた正体に関してはなし崩しで受け入れる形で進み、 「博士の正体」から「戦隊の再構築」に繋げ、更にそれが「正義と悪との対比」として機能した『科学戦隊ダイナマン』 が大好きな人間としては多少の物足りなさを感じましたが、短期間に同じ事を繰り返すわけにもいかない、という事情もあったでしょうか。
 『ダイナマン』は名作(定期)。
 前回までの流れを受け、対ゴズマの異星人同盟結成がミクロスケールとはいえ象徴的に描かれ(これがまた、 かつてのギルーク−アハメス連合の裏返しになっているのがエグい)、 伊吹長官の正体判明から追い詰められたアハメス様の退場までがぐいぐいと盛り込まれましたが、最後の最後まで、 素晴らしかったですアハメス様。
 繰り返し書いてきましたが、とにかく「高みから他者を見下ろし蔑み笑う」というキャラクターでありながら、 笑い方に品があるのが非常に大きく、気品ある元女王としての説得力が絶品。 艶のある視線や美しさの中に時折抜けたところも見せる表情も印象的で、会心のキャスティングでありました。最期の姿が、 「笑う」に集約された散りざまも、お見事。
 そのアハメスを更に高みから見下ろす星王バズー、一度は手を組み一度は地獄に蹴り落とされ、 そして復活後は徹底的に嫌がらせを行うギルーク、ともそれぞれ引き立て合い、名悪役でした。
 次回――決戦・空中要塞! そして……!

◆第54話「ギルーク大爆発!」◆ (監督:山田稔 脚本:曽田博久)
 見所は、最強の宇宙獣士に飛び蹴りを入れる伊吹長官。
 「電撃戦隊基地を失った奴らは、もはや我が大星団ゴズマの敵ではございません」
 「ゆけスーパーギルーク! 地球を滅ぼせ! チェンジマンと、こしゃくな宇宙人どもを抹殺せよ! この儂に逆らった者の、 哀れな末路を全宇宙の見せしめにするのだ」
 「ははっ。――ゴズマード、発進!」
 これまで遠征軍の本社ビルどころか社員寮ぐらいの存在感しかなかった母艦が地球に向けて出撃し、 電撃戦隊に残った最終戦力であるシャトルベースと対比される、というのが今作らしい巧妙な構成。
 「嵐よ吹けぇーーーぃ! 雷よ落ちろぉぉーーー!」
 地球に乗り込んだスーパーギルークが大変盛り上がったところにかかるサブタイトル(笑)
 ひ・ど・い。
 Sギルークは宇宙要塞戦艦ゴズマードにより地表に大攻勢を仕掛け、雷雲をかきわけ立ち向かおうとするシャトルベースの見せ場!  かと思いきや、いきなり機関室をやられて緊急不時着する羽目に。
 「生きておったかチェンジマン! だが、基地はなく、シャトルベースも使えずして、このスーパーギルークに勝てると思っておるのか?!」
 地上に降り立ったSギルークに立ち向かうチェンジマンは隕石落としの大爆発にいきなり大ピンチに陥るが、 応援に駆けつけた伊吹星人がスペースビームで隕石を破壊し、前回の使い方は許容範囲でしたが、ラスト直前とはいえ、 今回のこれは少々やりすぎ感。
 ゴズマードの空襲を受けてなんとか撤退した6人は、空中の敵への攻撃手段が無い事に歯がみするが、 ゲーターが過去に不時着したままになっているゴズマ戦闘機の存在を思い出す。 だが応急修理した戦闘機は出力不足で一人しか乗る事が出来ず、ゲーターと共にコックピットを確認していた飛竜は、 ゲーターを追い出すとそのまま一人で飛び立ってしまい、思わずジーニアスワープでその後を追いかけるナナ……とこの辺り、 52−53話と幹部退場回を気合い入れて盛り上げすぎた反動か、思い切りの良すぎる展開が続きます。
 「我が手にかかれば、チェンジマンなど他愛のないもの。ふははは、滅びゆく地球に乾杯」
 大気圏外から地球を見下ろし、背後にギョダーイが寝転がっているだけのブリッジで独り祝杯をあげるSギルークだが、 戦闘機を操りこっそりとゴズマード内部に潜り込んでいたドラゴンがその背後から忍び寄ると不意打ち判定にクリティカルし、 その剣は振り返ったギルークの心臓を刺し貫く!
 「油断したな、スーパーギルーク!」
 「おのれ、チェンジドラゴン……」
 戦闘機で奇襲を仕掛けて不時着させるとか、潜入して動力部を破壊して航行不能にするとかかと思っていたら、 単身で暗殺を謀るというぶっ飛び具合に仰天しましたが……これ、前回、伊吹長官が電撃基地と共に死亡していたら、 完全にオヤジの仇じゃぁぁぁぁぁ!!だったのか(笑)
 そして単身ゴズマ組に乗り込んだチェンジドラゴンは、仇敵ギルークを仕留めるも、組員(ヒドラ兵)に囲まれて大立ち回りの末、 日本庭園に降り積もる一面の白い雪を真っ赤に染めて倒れるエンド(待て)
 そういう意味では由緒正しいカチコミを仕掛けたドラゴンは、ギルーク反撃のビームに吹き飛ばされるが、 そこに飛び込んできたナナにかばわれ、混乱の中で地球に着陸したゴズマードから投げ出されるギルークと……ギョダーイ(笑)
 戦闘の最中に跳ね返ったビームが操縦装置を……的なくだりがカットされたりでもしたのか、かなり雑な成り行きなのですが、 全てはきっと、宇宙要塞戦艦を落下させるついでに所有者の方を外に放り出す、高所墜落のプロフェッショナル・剣飛竜の匠の業前なのです。
 「なんて無茶な事を!」
 「だって……剣さんを失いたくなかったんですもの。……剣さんが死ぬなんて、あたし嫌!」
 要塞の中では、勢い余って飛竜を追いかけてきたナナが勢い余って飛竜に抱きつき、年増(シーマ)と腹黒(さやか)に負けるものか!  とフルスイング。予想外に攻めてきて驚きましたが、最終回直前に敢えて描いてきたのは、ラストの布石になったりするのかしないのか。
 残りのメンバーはバズーの秘密を求めてゴズマードへ乗り込もうとするが、その前によろめきながらも立ちはだかったSギルークが、 最後の手段として自ら宇宙獣士ギラスへと変貌。そこに飛竜が合流してレッツチェンジし、 今回も伊吹・シーマの戦闘シーンをたっぷり描いた上にゲーターまで暴れ回る事で、「チェンジマン」だけではなく「反ゴズマ同盟」 としての戦いに全体の構造がシフトしている事が、映像で補強されるのが重ねて秀逸。
 『チェンジマン』の世界観のスケールとも上手く合致する形で広げられているのですが、戦隊シリーズにおいて、 最終的に戦隊を超えた枠組みで悪と戦う姿が描かれる所まで進む、というのはかなり珍しいでしょうか。
 伊吹・シーマ・ゲーターは、ゴズマードのブリッジに突入してナナと合流し、チェンジマンはギラスと激突。 圧倒的なその攻撃に追い詰められるが、ドラゴンが抉った傷に5人一斉攻撃・アースフォース電撃ソードを直撃させ、 そこから続けざまのズーカ一斉発射そしてパワーバズーカでストライク。自ら獣となったギルークは木っ葉微塵に大爆発し、 脊髄反射で光線を放ったギョダーイに巨大化されるのであった。
 家捜し中の伊吹達がブリッジの窓から迫り来る巨大ギラスを目にする、というカットが面白く、あわや皆殺しの寸前、 シャトルベースの修理が完了してチェンジロボが発進。ギラスの二刀流と電撃剣で打ち合い、風車斬りから胸の傷口を突き刺すと、 最後はサンダーボルトで真っ二つにし、今度こそギルークは最期を迎えるのであった…………?
 遠征軍司令官であり因縁の仇敵にしては意外とあっさり風味だったので、もしかしたら最終回にワンチャンスあるかも、 とも思わせるギルーク/ギラスの最期でしたが、テーマ的にはアハメスと重なっている部分が多いので、 ゴズマ側のドラマとしてはアハメスの最期で打ち止めにして、ギルークはバズーの前座として扱う、という事なのかも。
 その場合、ギルーク個人の情念が掘り下げられないまま終わってしまうのは大変残念ではありますが、ギルークに関しては、一度死に、 怨霊として現世に戻ってきた時点で、既にかつての志を失った妄執の怪物でしかなかったという事でありましょうか。この辺りは、 最終回後に改めて。
 なおスーパー化後、圧倒的な強敵として君臨し続けたギルークの足下をすくった大きな敗因は………… 飲酒であり、勝つなら飲むな、勝つまで飲むな。赤い鎧のお兄さんとの約束だ!
 一方、ゴズマード内部では長官が隠しデータへのアクセスに成功するが、その途端、ゴズマードは宇宙へと飛び立ってしまう!  チェンジマンはシャトルベースで慌ててその後を追い、戦いはなんと、地球を飛び出して大宇宙へ! という衝撃の展開で、つづく。

◆第55話「さらば宇宙の友よ」◆ (監督:山田稔 脚本:曽田博久)
 ギルーク、残念ながら登場せず。
 やはり内心のテーマ性やチェンジマンとの対比による位置づけにおいてアハメス様と重なる部分が多い為か、 ギルーク個人に決着をつけるという展開はオミットされたようで、そういう点では最後まで、アハメス様の割を食った形にはなりました(笑)
 中盤に少し小悪党寄りになっていましたが、初期の貫禄のある悪役ぶりや、スーパーギルークになってからの怪演も好きだったので、 そこは残念。
 一方で考えてみると、怨霊ギルークになって以降は母星について言葉で触れた記憶がなく、 これは「アマゾ星の女王」である事にこだわり続けるアハメス様との差別化もあったのでしょうが、 いってみれば司令官時代のギルークと、怨霊→スーパーギルークは、似て非なる存在、という位置づけではあったのかもしれません。
 獣士化光線に最も象徴される“他者を道具にして顧みない”ゴズマの悪の具体的な形象そのものであり、 ミニ・バズーという物語上の役割が大きく、キャラクターというよりシステムに寄ってしまったのは惜しまれるところですが、 裏を返せば、やがてシステムが人を殺すようになる、というのはバズーの世界の行き着く果て、ではありましょうか。
 そう見るとスーパーギルークとは、世界の摂理に飲み込まれる事で、個を失い、システムと化してしまった存在であったのかもしれず (だからこそそれは、世界に増殖し続けるミニ・バズー、として示される)、ならば躊躇無く自ら獣士となって打破されるという最期は、 システム化してしまった者の末路にふさわしかったのかも(自らに付けた故郷の名が最後に残ったアイデンティティだったのかもしれない、 というのは色々と考えさせられます)。
 このシステム化に逆らい、世界の在り方に疑問を呈して個人として死んでいった(だからこそ墓標が残った)のがブーバといえますが、 今作はスーパーギルークを通して最後に、人は気がつかない内にミニ・バズーになっているのかもしれない という恐ろしさを描いた、ようにも思えます。
 ……まあだいぶこじつけましたが、ギルーク好きだったので、思い入れを込めた消化はご容赦下さい(笑)
 宇宙獣士ギラスを撃破するも、突如宇宙へ飛び出してしまったゴズマードの中で目覚めた伊吹らは、地球に近づくハレー彗星に隠れて、 巨大な星が地球へ衝突しようとしている事を知る。実はゴズマードはその星を地球に誘導しており、 このままで地球は衝突の影響で木っ葉微塵に砕け散ってしまう!
 「助けて……剣さん……」
 ヒロイン力急上昇のナナの祈りに応えるかのようにシャトルベースはゴズマードを発見。伊吹らの救出の為にブリッジに乗り込むが、 そこに星王バズーの巨大な姿が浮かび上がる。
 「星王バズー!」
 「バズー……?」
 「あいつが星王バズー!」
 最終回にして、チェンジマンとバズーがご対面。
 「チェンジマン、イブキ、そして、裏切り者どもよ! よくもこの星王バズーに逆らい、楯突いてくれたな!  だがこの儂の最後の作戦は、もう止められんぞ。まずお前達から、血祭りにあげてやる。かっ!」
 バズーのお仕置き光線でブリッジが炎に包まれる中、「ギョダーイ! ギョダーイも助けてあげて!」とナナちゃんが叫び、 地球に放置されている疑惑のあったギョダーイが回収されてホッとしました(笑)
 思えばナナ初登場回で絡んでいたのはギョダーイですし、憎き仇の一味と捉えてもいいシーマを助ける事で新たな世界への道筋を示したり、 前回はギルークに一撃食らわせたり、飛び飛びとはいえ3クールに渡って登場しているナナちゃんが、 様々な因縁を回収する八面六臂の大活躍。
 容姿やメンタルが地球人寄りという事もあって、地球人と異星人の架け橋として機能しているのが、作品の完成度を高めます。
 なんとかゴズマードから脱出した一同は、地球に迫る巨大な星の脅威を知るが、航路を見失い、宇宙の迷子になってしまう。 しかしその時、近づいてくる光……の正体は、なんとメモリードール! そしてシャトルベースのブリッジには、 天使の羽を広げたサクラが乗り込んでくる。
 40話近く前のゲストキャラ再登場は非常に驚きましたが、出会いは地球だったとはいえ、 チェンジマンの戦いが遠い宇宙にも広がっていく希望の光をもたらしていた象徴として、今作のスケール感を上手く収束。 疾風が反応を見せるのも良かったですし、今作において大きな役割を果たしてきた藤井脚本の要素を取り上げてくれたのは嬉しかったです。 ……家畜化光線には潜在的恐怖がありますが。
 一同はサクラとメモリードールの導きにより、地球に迫る悪魔の星へと近づくが、その重力に引きずり込まれるようにして、 赤茶けた大地に緊急着陸を余儀なくされ……前回の予告からなのですが、地球を飛び出し決戦は○○!  という展開にどうしても脳裏を『ロボット刑事』がよぎってしまい、ラストは、まさか、アレなのか……? という妄想が消えないのが、 ちょっと困りました(笑)
 そういえば:「バズー」と「バドー」は一文字違い。
 「よくぞ、我がゴズマスターへ辿り着いたな。だが、おまえ達がいくら力を合わせても、もはこの星からは生きて帰れんぞ。 私に逆らっても無駄な事を、思い知らせてやる」
 チェンジマンはバズーの生み出したヒドラ兵の大軍と戦うが、 倒しても倒してもソ連兵のように畑から生えてくるヒドラ兵を相手に徐々に消耗を強いられる。
 「バズーだ! バズーがヒドラ兵にパワーを与えてるんだ!」
 チェンジソード一斉射撃を放つも跳ね返されてしまったその時、何かに気付いた伊吹がシャトルを飛び出し、
 「行くぞバズーぅ!!」
 渾身のダッシュから捨て身の体当たりを決め、まあもう、格好いいから良し(笑)
 前回今回とジョーカーぶりを隠さなくなっている伊吹星人ですが、 復讐という強い動機を持ちゴズマを倒す為に地球で鬼軍曹していたにも関わらず、この最終局面で自らの復讐に逸る事なく、 基本的に本気を出すのはチェンジマンやナナらを守る場面である事で、長い雌伏の末にただの復讐鬼ではなく、 チェンジマンのオヤジ(限りなく組長の意)であり手を取り合って戦う反ゴズマ同盟の一員である事、 に精神的にシフトしているのが伝わってくるのは、正体判明後の一つ上手いポイント。
 残り時間の都合で省略した部分も多々あるでしょうが、これにより、壊滅的に胡散臭くなる事を回避しており、 今作はホントこういう地雷の回避の仕方が通して絶妙です。
 巨大バズーを驚かせて一撃を与えるも弾き飛ばされた長官は、地面に転がっていたメモリードールと衝突して何とか一命を取り留めるが、 駆けつけたチェンジマンと共に、ゴズマスター内部へと飲み込まれてしまう。
 「……あれは、バズーではなかった」(※独自の研究です)
 「「「ええ?!」」」
 「ホログラフィ……ま、幻だ」(※独自の研究です)
 第1話から遠征軍を怯えひれ伏させていたバズーの姿は、虚空に浮かぶ虚像に過ぎなかった!(※独自の研究です)
 「そうか! わかったぞ! この星がバズーなんだ! この星全体が星王バズーなんだ!」
 その時、飲み込まれた際の高所転落の衝撃により、匠の脳裏に電流走る!
 「なんだって? この星が?」
 「いや、星じゃない。正確に言えば、こいつは星の大きさをした、とてつもない巨大な生命体なんだ」
 「その通りだ、チェンジマン。ふははははははは、儂は宇宙の生命体を食い尽くして大きくなってきた。今度は地球を食ってやる!」
 巨大な幻像を見せたバズーは独自の研究と匠の閃きを肯定し、ここまで来るとバズーの正体はある程度推測のつくものでしたが、 それを大星団ゴズマの宇宙征服の動機付けとし、バズーそのものが弱肉強食を体現する存在であった と繋げてくるのは、今作らしい巧い仕掛け。
 「そんな事させるか!」
 「儂の体の中からは出られん!」
 そしてまた、星王バズーが“哀しみを再生産する世界”を支配する摂理そのもの、という象徴的な悪であるからこそ、その正体が、 星(のように巨大な生物)=一つの世界であったのは、非常に納得できます。
 「黙れ! 伊吹長官は命がけでバズーの正体を暴いてくれた! 奈々ちゃんやシーマ、ゲーターにサクラさん、みんなが勇気を出し、 協力してくれたんだ。それを無駄にしてたまるか!」
 「みんな、それに応えるのが俺達チェンジマンだ! 最後まで頑張るぞ!」
 その、世界を支配しようとする悪そのものに対して、
 ヒーローとは何か
 を力強く宣言するチェンジドラゴン。
 悪に抗う勇気を人々にもたらすのがヒーローであり、そしてまた、そんな人々の勇気に応えるのがヒーローだ!
 という勇気の永久機関宣言は実に清々しく、そして美しい。
 立ち上がった6人はバズーの体内を右往左往し、結局、最初に飲み込まれた消化器官に戻ってきてしまうが、 そこで一緒に飲み込まれたメモリードールの残骸に目を止める。
 「そうだ! パワーバズーカでギョダーイに合図して、メモリードールを、巨大化させるんだ!」
 えええええ(笑)
 目が点になる驚愕の発想でしたが、巨大化ギミックであり宇宙動物でしかないギョダーイを助けた(かつて助けようとした) 事にもしっかり意味を持たせて物語の中に取り込むのが、実に最後まで今作らしい仕掛け。
 5人がそれぞれ新規カットでズーカを構えるのが最終話における戦隊の象徴として格好良く決まり、 アースフォースを込めて放たれた大リーグバズーカ2号の砲火は地表へ届き、それを見たギョダーイは習性で巨大化光線を発射。 チェンジマンの思惑通り、光線を浴びたメモリードールは見る見る内に巨大化し、 彫像に土手っ腹を突き破られるラスボス(笑)
 意表を突かれすぎて衝撃的な展開と映像でしたが、ギョダーイの活用に加え、支配者の世界が内側から打ち破られるというのが、 今作のテーゼをこれ以上なく体現しており、バズーの失墜として、これ以上ふさわしいシチュエーションはちょっと思いつかないレベル。 逆転の切り札としては思わぬ変化球である一方、個々の要素の意味づけの繋がり方といい、ギミックやガジェットの使い切り具合といい、 実に『チェンジマン』です。
 6人はゴズマスター内部からの脱出に成功するが、地球までは後わずか。伊吹らはシャトルベースで離陸し、 チェンジマンはチェンジロボを起動する。
 「電撃剣!」
 宇宙空間で身を翻したチェンジロボは、アースフォースを全身に纏い赤い光球と化すと、ゴズマスターへ突撃。 一つの巨大な細胞であったゴズマスター内部に切り込むと、史上最大規模のスーパーサンダーボルト惑星斬りにより、 ゴズマスターを内側から両断し、ここに、大星団ゴズマを率い宇宙を哀しみに染め上げてきた星王バズーを滅ぼすのだった……!
 「敬礼!」
 しばらく後、地球――電撃戦隊と協力者達は富士の裾野で向かい合って敬礼をかわし、 あのデザインで敬礼の真似事をするギョダーイの可愛さが、最後にヒロインレースをぶっちぎった……!(え)
 終盤、怒濤のラッシュを決めたナナちゃんですが、最終回では特に拾われず、これはまあ、仕方のなかったところでしょうか (脚本段階では飛竜との絡みが存在していたものの、カットされたとの事)。
 「宇宙には、バズーに破壊された沢山の星を再建する仕事が残っている。私はその為に、一生を捧げようと思う」
 宿願を果たした伊吹の目元からは涙がこぼれ落ち、まさに鬼の目にも涙、と同時に、ああこの人は本当に一生を捧げるのだろうな、 というヒース星人ユイ・イブキとしての真摯さが伝わってきて、役者さんのパワーもありますでしょうが、 正体を明かした後の伊吹星人の描写には、秘密を持っていた事への悪印象を持たせない為の丁寧な配慮が窺えます。
 合唱系の挿入歌をバックに、向かい合うメンバーの絡んだ名場面が振り返られ、飛竜−ナナ、疾風−サクラ (最終回の登場でやたら扱いが大きい事に)と組み合わせた都合により勇馬−シーマをひねり出した結果、 馬の突撃にシーマが慌てて逃げ、ペガサス大爆発!というシーンになり、それで本当に良かったのですか。
 さやかと麻衣はゲーター一家と無理に絡めなかった結果、“ここに居たかもしれない男”としてイカロスが出てきたのは、 大変良かったです。麻衣はフラメンコになりましたが、初恋回とかでも良かったよーな。

 ナレーション「戦いの中で、宇宙人とチェンジマンに、様々な、ドラマが生まれた。どんなに遠く離れていても、姿形は違っていても、 宇宙に、生きとし生けるものすべて、愛し合い、信じ合い、平和を願う気持ちは、同じなのだ。地球で芽生えた、愛と信頼を乗せて、 今、シャトルベースは、宇宙へ帰っていく!」

 伊吹らを乗せたシャトルベースは地球を離れ、富士山をバックに歩いていくチェンジマン5人、でおわり。
 物語として出来のピークは第52−53話で、ラスト2話は後始末編、という感じが少し出てしまいましたが、 これは共通したメインスタッフが前年の最終盤をやりつつ同時進行で翌年の企画・制作も進行しているという、 当時の体制的限界が出てしまった部分もあったでしょうか。ただバズーの正体とその打破は、 今作の集大成としてふさわしいものであったと思います。
 何度も書いてきましたが、本当に、構造とその見せ方の良く出来た戦隊。
 特に、丁寧な仕込みと描写により、最初から最後まで物語に大宇宙規模のスケール感を感じさせ続けたのは、お見事。これにより、 地球という一惑星での戦いが、バズーの支配する世界の在り方そのものとの戦いになっていくミクロからマクロへのスライドが違和感なく収まり、 テーマ性に強い推進力を持たせる事ができました。
 難点をあげるとすれば、物語の完成度が高かった一方で、終盤になるほどチェンジマン個人の存在感が薄くなり、 飛竜を除くと台詞も大幅減になってしまった事。中盤までで十分にキャラクターは経っていたので没個性になってしまうという事は無かったのですが、 チェンジマンの物語として見た場合は、やや残念でした。
 これはまた、今作が最終盤、チェンジマンvsゴズマという構図を超えて、反ゴズマ同盟vsゴズマという構図になる事で拍車がかかり、 それ自体はチェンジマンが紡ぎ上げた力として今作の象徴そのものであり、戦隊史上にも例の少ない見事なジャンプアップであったのですが、 もう一回、最後にチェンジマン個々にターンが回ってくるのも見たかったかなーというのはまあ、 今日的な視点からの無い物ねだりの部分はあって、当時の尺を考えると「それに応えるのが俺達チェンジマンだ!」 が入っただけでもで満足しておく所ではありましょうか。
 そろそろ頭が煮えてきたので最終回感想はひとまずここで一区切りにしようと思いますが、最後にナレーションされたように 「どんなに遠く離れていても、姿形は違っていても、宇宙に、生きとし生けるものすべて、愛し合い、信じ合い、平和を願う気持ちは、 同じ」(これを物語の積み重ねにより説得力のある映像にまで集約してみせたのが今作の凄み)ならば、 “世界の在り方”を変えていけるというのが、『電撃戦隊チェンジマン』の到達点であり、 “そんな世界”と戦う――“そんな世界”を変えていく、事を目指し続けた物語であったからこそ、彼らの名は、 チェンジマンであったのだな、と。
 だからこそ彼らは、膝を屈して頭を垂れ続ける事なく、勇気と共に顔を上げる――
 「レッツ・チェンジ!」
 戦隊史上でも最大規模の巨悪と、戦い続けた戦士達にふさわしい名でありました。
 アースフォースを信じるんだ!

(2021年2月2日)

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