■『ウルトラマン80』感想まとめ7■


“遠い星から来たあいつ
今は青いこの星で 愛する小さな友の為
心を燃やす ああ あいつ”


 ブログ「ものかきの繰り言」の方に連載していた『ウルトラマン80』 感想の、まとめ7(47話〜最終話+1)です。文体の統一や、誤字脱字の修正など、若干の改稿をしています。

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◆第47話「魔のグローブ 落とし物にご用心!!」◆ (監督:東條昭平 脚本:石堂淑朗)
 少年野球の試合でエラーをした少年がグローブに八つ当たりすると、そこに謎の怪光線が宿り、不気味なグローブ型宇宙生物に!
 「おまえ、グローブのくせに生意気だぞ!」
 平気でそれと追いかけっこをする少年がだいぶ素っ頓狂な事になり、紫外線の異常を調査中の矢的とユリ子が怪グローブを発見するも翻弄され、 どこへ行きたいのかわからない感じはちょっと面白い(笑)
 とりあえず撃ってみる矢的だが通用せず、空を飛び回りながら紫外線を吸収していく怪物グローブは姿を消し、 紫外線の異常現象は環境問題が影響しているのかも、とユリ子がUGMに講義。今回、冒頭からユリ子の出番が多めなのですが、 気がつくとUGMのレーダーなどをいじっており、謎の位置づけです(城野隊員の殉職後に、 配置転換されたという解釈は可能な範囲でありますが)。
 キャップは怪物グローブの捜索を命じ、夜明けと共に活動再開する可能性が高いのに、どうして、徹夜でパトロールを命令……。
 矢的は会議中に口を滑らせた涼子をウルトラ説教し、矢的がウルトラ族と地球人の距離感を説く為に、 涼子が毎度なにかやらかすパターンになっていますが、正直、今頃になってそのテーマを持ち込む事そのものに困惑するので、 涼子が無駄に可哀想な印象。
 「地球の人間が、変に我々の力をあてにし始めるのが一番怖いんだ」
 最終的に80が事態を解決するのは(メタ的な必然性による)お約束なものの、 UGMの側が80を当てにする描写は記憶の限りでは皆無であり、どちらかというと矢的が積極的に変身してきたので、 このテーマをやればやる程、矢的の支離滅裂の度合いが手遅れになり、記憶の混濁が手に負えなくなっていき、 ユリアンは本当は王女ではなく(矢的が思い込んでいるだけ)、ウルトラの国からやってきた看護士なのでは……。
 そもそも今作の場合、80を登場させる為にUGMがこれといった作戦を工夫する事も許されないまま雑に前座を務めるのが恒例になっているので、 そのメタ状況を作り出している当人である矢的に上から目線で言われても、地球人に出来る事は地球人で、 という教訓を引き出すのに多大な無理が発生しています(それを従順に聞く生徒役の涼子、というのもあまりよろしくない構造)。
 そしてUGMが無駄なパトロールで消耗した翌朝、日光を浴びたグローブが覚醒。
 市民から引きはがす為に涼子が赤外線を撃ち込むと、興奮した怪グローブはとうとう巨大化してしまい……超、気持ち悪い。
 先に「地球人がウルトラマンをあてにするようになってはいけない」と言わせたので、 この怪獣の巨大化については不用意に赤外線を撃ち込んだ「我々の責任だ」と言わせるのですが、その割に80に変身するわけではなく、 日没までの丸一日、怪獣が大暴れを繰り広げるので、『80』基準でもだいぶ意味不明な事に。
 日が沈んで紫外線の供給を受けられなくなったグローブ怪獣が姿を消すと、UGMは捜索を再開し、 宇宙光線キャッチ能力を発動した涼子が雑に怪獣の居場所を特定。矢的も矢的でウルトラアイを使用し、 今度こそ自分たちで責任を取るという事なのかもしれませんが、率直に今作としては無理のあるテーマを挿入した結果、 矢的先生の自分ルールぶりが目も当てられない酷さになっていきます。
 どうしても「地球(人)とウルトラマン」のテーマをやりたいなら、「80を母星に連れ帰りたいユリアン」と 「地球を守る事にこだわる80」の対比にでもした方が、それに基づく矢的猛のアイデンティティを確立し直しつつ、 ウルトラ族としてのしかるべき距離を取りながら地球人と歩んでいこうとする80の姿も描けて、 収まりが良かったように思えるのですが……。
 「夜だし街から離れている。君一人を観客に、君の代わりに力一杯戦うよ」
 時空間移動を繰り返して記憶が曖昧になりながらも、それだけは健在な残念スイッチを押した矢的先生は80に変身すると、 軽快なBGMに乗せて多彩な蹴りを叩き込み、珍しい主題歌バトルになるのですが……後期OP、物凄く戦闘に合わない(笑)
 グローブ怪獣の柔軟ボディに決定打を与えられない80は、空中で高速回転すると自ら球状になって飛び回る必殺・ウルトラ団子を発動し、 興味本位で一時停止してはいけなかった画。
 見た目はともかく威力は高いウルトラ団子の猛攻で優位に立つ80だったが、体当たりを透過されると紫外線攻撃を浴びて危機に陥り、 涼子の赤外線による援護を受けると、逃げるグローブ怪獣を追って前期主題歌インストに乗せての空中戦。
 夜明けが近付く中、グローブ怪獣を地面に叩きつけた80は、ウルトラ皿回しからのウルトラ赤外線ビームで大勝利。怪獣は消滅し、 矢的と涼子は現場に残されたグローブを拾い、さすがにそれは、少年一家も要らないのではないでしょうかね……。
 最後は少年野球のコーチを買って出た矢的先生が、スポーツマンぶりを誰ともなしにアピールして、 ユリちゃん強化キャンペーンかと思ったら、結局涼子が全て持っていったまま、つづく。
 石堂脚本回にしてはUGMメンバーが動作不良を起こしませんでしたが、涼子以外の隊員はどうでもいい空気が急速に作品全体を覆っており、 城野隊員は、色々なものの犠牲になったのだ……。
 次回――またしても予告が内容の大半を喋っている気がするのに、 その大半が何を言っているのか意味不明の新パターン来た。

◆第48話「死神山のスピードランナー」◆ (監督:宮坂清彦 脚本:水沢又三郎)
 母親が病気で入院する事になり、高校進学を諦めて家業の八百屋を継ぐ事になる中学生・マサオ…… が導入のフックとして重すぎてどうすればいいのか悩んでいる内に、縞々の服(鬼のイメージか) を着込んだ謎のマラソン小僧が街に現れて騒ぎを引き起こし、山の怪異、再び。
 「矢的、超能力を使うけど、いいわね」
 「この際仕方ないか」
 矢的は超てきとーにウルトラ盗み聞きにOKを出し、タチの悪いゲスト悪役はやたらコミカルに描写されて脱臭をはかられる(結果的に、 ただただ感じが悪い)一方、ゲスト少年の重すぎる背景に加えて、少年のライバルはマラソン小僧に関わったばかりにアキレス腱を断裂し、 話の見せ方と劇中の諸要素のバランスがあまりに悪くて、どんなテンションで見ればいいのかわかりません!
 「キャップ、イダテンランは普段は大人しいマラソン小僧ですが、いったん怒らせると手の付けられない大怪獣になるって言われてるんですよ」
 「うむ、俺もそれを恐れている」
 トドメに、8話前の同脚本家による相撲小僧回と全く同じ筋書きで目が白黒する内に、場合によっては銃殺やむなし、 と急なシリアスが持ち込まれ、マラソン小僧=イダテンランの確認を指示される矢的だが……
 ナレーション「マラソン小僧は、友達になろうと思っていた子供達にからかわれたために怒り、イダテンランに変身した!」
 早かったーーー!
 マラソン大会さえ始まる前に小僧は怪獣に変身し、色々と面食らう展開が続くのですが、 怪獣が猛スピードで街を駆け抜けていくと民家やビルが次々と吹き飛んでいく映像が大迫力で困ります(笑)
 そんなエピソードで凄く久々にシリアスの世界に戻ってきたチーフが怪獣への強硬姿勢を貫いて矢的と衝突するもみんなまとめて吹き飛ばされ、 Aパートの内に80が登場する変則構成。説得を試みる80だがあっさり殴り飛ばされてイダテンランは姿を消し (80が出てきた意味……)……マラソン小僧=怪獣の確認も出来ないまま、いよいよマラソン大会当日。
 幾らターゲットが大会に出場しているからとはいえ、母親の為にマラソン大会の優勝を目指すマサオ少年にジープで並走してアドバイスを送るUGM、 職権濫用が目に余ります。
 大会はマサオと小僧のマッチレースになるが、悪巧みをする悪党コンビが犬を放った事で、 犬の苦手なマラソン小僧がパニックに陥って怪獣へと変身。
 前回に続いての主題歌バトルとなり……何をどうしても戦闘と曲調があまりに合わず、 ただでさえ麻痺している感覚がどんどん冬眠に近付いていきます。
 怪獣のダッシュ竜巻攻撃(DCヒーローのフラッシュがやるやつ)に苦しむ80だが、ボディプレスを回避すると、 敵の突進の勢いを利用した投げ技から沈静化光線を命中させ、怪獣はマラソン小僧の姿に。
 途中棄権となった小僧が80を相手に取っ組み合っている内にマサオ少年は大会に優勝、 母親の手術は成功し……少年が大会に優勝した要因が、小僧が他の選手を潰した&小僧に煽られても自分のペースを守り続けた、なので、 怪異への対処法としては正しい気はしますが、物語としてはピースの収まり具合が悪いまま(例えば、 少年がマラソン小僧に勝つことで報酬を得るなどの、昔話的完成が全く発生しない)、なんか気が済んだ小僧は山に帰還。
 マラソン小僧に関しては、ただただ、人の世の道理と関係なく走りすぎてていっただけで、 それに振り回された人々と振り回されなかった少年の物語とはいえなくもないですが、 怪異に振り回されるなと声援を送る主人公自身が人の世に干渉を繰り返す怪異カテゴリなので、 こんなところでも矢的猛のアイデンティティがふわふわと虚空を彷徨います。
 色々と話の出来に難がある『80』にしても、プロットそのまま流用 〔山から怪異がやってくる → 悪党コンビがそれを利用しようとする → 人間の欲が怪獣を生み出すが80が説得して住処に帰っていく〕 の脚本は幾ら何でもやっつけ仕事で、制作上のトラブルが何かあったのかと思ってはみたくなりますが……それも含めて、 ここまででワーストクラスの出来。
 次回――多分、また、予告ナレーションが内容の8割を喋った(笑)

◆第49話「80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン」◆ (監督:宮坂清彦 脚本:山浦弘靖)
 深夜12時になると飛び交う正体不明の怪電波を調査するUGMは、それが怪獣の発しているものだと突き止める。当初、 12体の怪獣が首都圏を取り囲んでいるかと思われたが、矢的と涼子の活躍により波長は2種類に大別される事が判明。
 2体の怪獣と、実際より数を多く見せかけてパニックを引き起こそうとする攪乱電波…… と把握した時点で敵性宇宙人の関与を疑っても良さそうなのに、頭のいい怪獣扱いされるのが謎ですが、 なにぶんキャップの判断なので、過去に同様の怪獣と戦った経験があるに違いありません!
 12体の怪獣?! → 詳細調査に向かう → トラブルを切り抜けて実際は2体だと判明
 なら、矢的と涼子の活躍もヒロイックになり、ドラマチックな展開になったと思うのですが……
 怪電波を調査 → トラブルに巻き込まれる → 12体の怪獣?! → いや2体だった
 と順序と圧縮がちぐはぐで、即座に却下される「12体の怪獣の脅威」がなんのサスペンスにも繋がらないのが、実に『80』。 まだそこから電波攪乱の背後に侵略者の存在を見て「敵の作戦に乗せられているフリをして正体を突き止める」 ならまた別のサスペンスに繋げられたのですが、「情報を秘匿したまま怪獣の一網打尽を狙う」という、 怪獣が人類の通信を理解している前提の対応が色々と飛躍しすぎで、この後のトラブルを招く為だけに物語世界を構築する骨組みがひしゃげられていて残念。
 ……まあ、前回とはUGMの雰囲気がまるで違うので、「怪獣」が高度な知性を持つ前提のユニバースに移動してきた可能性もありますが。
 かくして秘密裏に怪獣対策を進めるUGMだが、自家製ラジオを弄っていた少年が偶然その電波をキャッチしてしまい、 相談を受けて、ものすっごく雑に誤魔化す矢的。
 そして地球で過ごす内に思い入れを強める涼子は、どこかアンニュイな気分に浸っていた。
 「でも私たち……いずれはこの地球を出て行くのね。……この美しい星、素晴らしい人達の居る、この地球を」
 「仕方がない。それが我々の宿命なんだ。だからこそ、地球人が自力で戦える時が来るまで、僕か君のどちらかが、最後まで、 戦って戦い続けなくては」
 なにその、この命尽き果てるまでみたいなノリ。
 学園の消滅後、ひたすらあやふやな「80が地球で戦う理由」(何回かおぼろげな再設定が試みられてはいるのですが、 アイデンティティとして固定化されていないので、すぐに溶けてしまっており……)について 「後進惑星を守るために命を懸けて戦うのがウルトラ族の宿命」なる概念が突如として発生して、 だいぶ困惑。
 いや、もしかしたら、昭和《ウルトラ》シリーズとしては当然の前提だったのかもしれませんが、 少なくとも『80』世界では影も形も見えなかった宿命――敢えて言えば幻覚ウルトラの父の「ウルトラマン80、 おまえの勇気は死んだのか。肉体よりも早く、おまえの精神は、死に果てたのか。ウルトラマン80よ、立て! 立って戦え!  おまえの勇気を、正義の矢として、悪を倒すのだ!」発言はありましたが――がいきなり空から降ってきて目が点になり、 話数的に全体のまとめに入っているにしても無理がありすぎるのですが、ま、まあ、今回からそういうユニバースに来たのでしょうか……。
 あと、矢的猛/ウルトラマン80のヒーロー性は、「自らの意志」で地球の為に戦う事にあったと思うので(故に、 それを成立させる背景が消滅してから迷走を余儀なくされていたわけで)、そこに「これはウルトラヤクザの宿命なんじゃ!」 と入れてしまうと、これまで積み重ねてきたヒーロー性に多大な障害が発生してしまい、ここが今作のストライクゾーンだ!  と投げ込んだボールが、よく見るとタワシだったみたいな印象。
 怪獣電波の発信源を特定したUGMはその調査に向かうが、矢的が露骨に誤魔化した事を怪しむ少年も「よーし、ひとつ探ってみるか!」 と独自の調査を始め、発信源……ではなく、UGMの作戦司令室を盗み聞きしていた。
 ここまで一応、怪電波の調査や怪獣対策を練り、地球防衛の最前線に立つUGMの姿を比較的真面目に描いていたのですが、 全て台無しにする暴挙で、どうしてそうなりましたか……。
 一応、歩哨とか立っている筈のUGM内部には、矢的と知り合いの少年を広報セラが招き入れた事が明らかになるのですが、 ちょっと間の抜けたコメディリリーフの使い方としても、最悪の部類。
 UGMの卵を自認する少年は、盗み聞きした情報を元に怪獣が潜んでいる山に向かうと、ラジオをいじって出した電波に反応し、 口が三つ縦に並んで大変気持ち悪い怪獣プラズマが地底から出現。
 それに呼応するように怪獣マイナズマも出現し、こちらはギョロ目が気持ち悪い。
 少年を逃がした矢的は負傷しながらも80に変身し、シリアス時空で活力を取り戻したチーフの援護攻撃を受けながら二体の怪獣に立ち向かうが合体攻撃を受けて大ピンチ。
 ナレーション「ウルトラマン80は意表を突かれた」
 が、ちょっと面白かったです(笑)
 増援部隊が砲火を浴びせるもざっくり撃墜され、バックルビームで反撃する80だが、負傷の影響もあって激しく消耗。
 地上では脱出したフジモリとイケダがダッシュで無事を確かめ合う割とどうでもいい一幕を挟み、果敢に二体の怪獣に挑む80だが、 カラータイマーが点滅。地上車で駆け付けた涼子はその窮地に自ら変身しようとするが、怪獣にげしげし踏まれる80から制止を受ける。
 (いけない。君まで変身しては駄目だ)
 「どうして?!」
 (今僕がやられても、君が新しいウルトラの戦士として戦うことが出来る。万一二人ともやられたら、地球はおしまいだ。 僕のことは構うな。いいか!)
 ……いや、どうせ健在の怪獣と戦わなければいけない以上、80が生きている内に二人で戦った方がまだ勝利の可能性が高まると思うのですが…… 体勢を立て直せば効果的な反撃が出来るアテもないのに、僕はここで死ぬから君は後で戦え、 と主張する80がだいぶ意味不明な事に。
 道連れ前提や時間稼ぎに意味がある時なら有効なやり取りなわけですが、もしかして、 いよいよの時はウルトラ自爆装置でも仕込まれているのか、80。
−−−
 (だがそれでもいい。僕は地球を守る為に、M78星雲からやってきた男だ。地球の為に戦って死んでいけるなら、それで本望だ)
(第23話「SOS!! 宇宙アメーバの大侵略」)
−−−

 ただ思えば、かつて宇宙アメーバにより絶体絶命の危機に陥った際、80に変身する事を執拗に避けながら、 地球人・矢的猛として美しく死にたい、という謎の暗黒面を噴出させていた前歴があるので、ここでも「勝利」とか「地球」とかは建前で、 ウルトラ戦士として誇り高く死にたい(から邪魔をするな)と、名誉ある戦死を求めているとするならば、 つまりこれは、ウルトラ戦士道(なお、第23話は山浦脚本で、『80』全体としてはともかく、 今回がそれ以来の参加となる山浦さんの中のウルトラ戦士像は繋がっていたのかも)。
 「80、あなたって人は……」
 同族なので感極まった表情で涙ぐむ涼子の前で、げしげしと踏まれ続ける80。
 (地球を頼む、頼むぞ)
 「エイティーー!」
 だが、たとえウルトラ戦士道に反し、名誉ある死を奪うものだとしても80を見殺しに出来ない涼子は、 80の方へ駆け寄ると「ユリアーン!」の叫び声で手首のブレスを光らせて変身。
 そんな状況で、
 「「あ」」
 「別のウルトラマンだ」
 とぼんやりと声を出す後輩ズの扱いの酷さ……。
 ユリアンの巨大化にかぶせて流れ出すイントロが今までになくはまっており、成る程、後期主題歌はユリアンのテーマであったのか!  は目から鱗で、正体はちょっとどっしり体型のユリアンは、プラマイ怪獣にウルトラチョップを浴びせて80を救援。 プラマイの光線技を受けて苦しむユリアンだが、その間になんとか立ち上がった80が、怪獣の背後から打点の高い飛び蹴りを決め、 ここに並び立つ二人。
 女性ウルトラ戦士は前年の『ザ・ウルトラマン』に登場していたようですが、実写ではウルトラの母以来なのかと思われ、 共に戦うのは当時かなりのインパクトだったのでしょうか……?
 80&ユリアンは、再び合体した怪獣にウルトラパワーで対抗し、これを撃破。
 次回予告からサブタイトルで内容の大半が語られるクライマックスでしたが、矢的は反省したラジオ少年を諭し、そして……
 「あの時どうして、僕の言った通りにしなかったんだ」
 戦力の逐次投入は愚かな判断だからです!
 涼子に対し、毎度あまり感じの良くないウルトラ説教を行う矢的だが、涙をこぼした涼子は突然「地球人に生まれたかった」 と言い出すと脇目も振らずに走り去っていき、それを見送る矢的の瞳にも涙が……ウルトラの星、どれだけ殺伐としているの?! で、 つづく。
 突如として「戦士の宿命」概念が放り込まれると「戦士としての死」よりも「地球人としての穏やかな生活」 を求めるテーゼが浮上して急にウルトラ族の存在が生臭くなり、それなら地球人女性とイチャイチャしたくなるのもわからないでもないけれどそれでいいのか、 と困惑するわけですが、そもそも今作、地球人の愚かしさも風刺的に織り交ぜながら、 未来への希望を見出していこうとする作品世界だと受け止めていたので、「守るべき美しい理想郷としての地球」 の出現にも大きな違和感があり、いったいここはどこのユニバースなのか。
 これはこれで、ある程度の時間をかけて描けばストーリーの軸にはなり得たと思うのですが、なにぶんあまりにも唐突で、 幾ら一話完結性が強いにしても壊滅的に一貫性が無いのが、大変『80』でした。
 キャラクターを変える事で後期OPを戦闘シーンにはめてみせる、のは唸らされましたが、 次回――予告は本編視聴後の楽しみにしたいと思います(笑)

◆第50話「あっ! キリンも象も氷になった!!」◆ (監督:満田かずほ 脚本:石堂淑朗)
 春爛漫の平和な九州・ミナミハラ市――ところが突如として発生した猛烈な寒波により街が瞬く間に氷に覆われていき、 動物園のキリンや象も、ついさっきまで動き回っていたそのままの姿で氷の彫像と化してしまう……
 「あっ! キリンも象も氷になった!!」
 最終回らしからぬ、として著名(?)なこのサブタイトル、今回配信で『80』を見るにあたり、 一体どうしてこのサブタイトルになってしまったのか、そして如何なる内容なのかを自分の目で確認するのが目的の一つになっていたのですが、 だいたい3クール目ぐらいまで見たところで、『80』ならこのサブタイトルはなにもおかしくないし、 最終回でも普通という結論に到達(笑)
 (※なお、本来は前後編を予定していたものが1話のみとなり、更に前編の仮タイトルとしていたものが、 どういうわけかそのまま最終回のタイトルになってしまったとの事)
 それはそれとして、一体全体どういう意味合いなのかと思ったら……ナレーションさんの感想でした!!
 事あるごとのナレーションさんによる侵食が激しかった今作、最終回のサブタイトルとして、ふさわしいといえば、 ふさわしいとはいえるのかも(笑)
 第48−49話は、チーフ助監督を務めていた宮坂監督でしたが、最終話はメイン監督といっていい湯浅監督なのかな……と思っていたら、 今作ではプロデューサーに名を連ねていた満田さんが登板し、冒頭、低い効果音とともに薄暗い通路を真剣な表情で歩いてくるキャップとチーフ、 異常事態に気象班の意見を聞き「ひょっとすると……」のところでかかる深刻なBGM、と凄くオールドスタイルな見せ方。
 なお私は『ウルトラセブン』の満田演出が大好きだったので、こういった見せ方の方がすーっと入れてしまうのですが、BGM含めて、 雰囲気がガラリと変わるので演出って恐ろしい(逆に言えば、『80』は意識的に違う路線を目指していたのであろう事が浮き彫りになりますが)。
 「果たしてこれまで怪獣を倒してきたのは、本当に我々だったろうか」
 軽い調子でふざけ合う後輩ズを一喝したキャップは、重々しく呟くと警戒態勢を指示、何やら意味ありげな視線を矢的へ向ける……。
 (キャップは、何かを心に決めているようだ。もしかしたら、ウルトラマン80の……)
 そして出現する、怪獣マーゴドン。
 UGMは総力をあげて九州へと出撃し、猛烈な冷気を吹き出す怪獣を発見して攻撃を開始するが、あらゆる攻撃エネルギーが吸収され、 無効化されてしまう。キャップは危険を承知で怪獣の間近に機体を着陸させると至近距離からの攻撃を浴びせるが、 それも通用せずにかろうじて離陸に成功すると、総員一時帰投して、改めて怪獣のデータを分析する事に。
 その結果、怪獣の正体は、様々な星の熱エネルギーを奪い凍らせてきた、凶悪な宇宙生物であると判明する。
 「我々は今まで色々な怪獣と戦ってきた。……しかし今度の奴こそ、最大で、最後のものだと思う。奴に勝てば、もうUGMは無敵だ」
 いきなり、ぶっ飛んだ事を言い出すキャップ(笑)
 なにぶん風貌と声がハードボイルドなので、「無敵」という単語とのギャップによる破壊力が強烈無比。
 「いやぁ、最悪の場合はウルトラマン80に」
 「そう、ウルトラマン80様におすがりして……」
 「ばかもん! もうウルトラマン80は現れない!」
 後輩Bとセラを一喝したキャップは矢的に視線を向け、急に色々と露骨。
 「……80の助けはいらない。断固として80の力を借りないで、怪獣をやっつける!」
 キャップの言いたい事も、物語としてやりたい事もわかるのですが、UGMの戦績を考えると、 幾らなんでも夢物語すぎませんかキャップ……。
 かくしてキャップの号令一下、ウルトラマン80にUGMの無敵さを証明する為に対マーゴドンの作戦が練られ……出された結論は、 熱エネルギーを発生させずに、物理で破壊だ!
 ビル解体の要領で、巨大な鉄球を怪獣に直接叩きつけてやる、と傍目にも無茶な作戦が敢行され、 二体の戦闘機の間に鉄球を吊り下げながら、空中で加速・減速を繰り返して振り子のように鉄球に勢いを付ける高度な操縦技術を見せるUGMだが、 氷のブレス攻撃を受けてチーフ機が撃墜され、作戦は敢えなく失敗。
 この窮地をモニターで確認し、外へ飛び出した矢的と涼子は変身しようとするが、その寸前、矢的の背に声をかけるキャップ。
 「これまで、ウルトラマン80には、随分助けられたな」
 80の活躍シーンが振り返られ、いい感じの戦闘シーンだけ抜粋されると、とても格好良く見えてきます(笑)
 「これまでのお礼を言うよ。――ウルトラマン80」
 「……やはり、知ってたんですね。僕がウルトラマン80である事を」
 ネガポジ反転で、ウルトラ強制送還のショックが表現された矢的は、しらばっくれるのを諦めて容疑を是認。
 「うん。私とイトウチーフは知ってしまった。といってもついこないだだが」
 キャップはだいぶ以前に気付いていたが「矢的猛」の意志を尊重して敢えて口にしていなかった……とした方が自然ではあるのですが、 どういうわけかチーフがセットにされた上で「ついこないだ」の具体的内容には全く触れられない為に、 必要以上に取って付けた風になってしまうのは、実に『80』。
 ……そういえば、第42話の感想で
−−−
 …………もしかすると、既に本物のキャップとチーフは別の星に連れ去られていて、 今地球に居るのはUGMの内部崩壊を目論む敵性宇宙人の擬態なのでは。
−−−

 と書いたのですが、〔30話台ぐらいからキャップとチーフは敵性宇宙人と入れ替わっていた → “ついこないだ”本物のキャップとチーフが別のウルトラ戦士によってとある星で救出される → その際に色々あって地球に居るウルトラ戦士=矢的猛と知る事に → 秘密裏に地球に帰還したキャップとチーフが偽物を始末 (第48話と第49話の間ぐらい)〕と考えると、筋が通るような通らないような(笑)
 「矢的……いや、ウルトラマン80。君には感謝している。……しかし、いつまでも宇宙人である君に、 力を貸してもらう事に悔しさもある。地球はやっぱり、地球人の手で守らなければならん」
 「でも、広い意味では、地球人も宇宙人です。宇宙人同士、力を合わせて敵に向かうのは、当たり前じゃありませんか」
 まだウルトラの星に帰りたくないんです、とこの期に及んで強制送還回避の為の口裏合わせを頼み込もうとする矢的だが、 キャップは涼子へと視線を向ける。
 「いや、君の方に事情がある事も知ってしまった。……ウルトラの星に戻らなければならんだろう?」
 やや強引に解釈すれば、矢的の状況を慮って、強制送還ルールを発動させる為に敢えて「正体を知っている」事を告げた…… とも取れない事はないですが、「事情」という言葉や涼子への視線からすれば「80が帰国しなければならない事情がある事を知った」 と捉える方が妥当であり……凄いぞ! 最終話にして、ここまで49話に渡って存在していた筈の基本設定を上書きする 謎の事情が無から発生したぞ!!
 これまた第47話の感想で
−−−
 どうしても「地球(人)とウルトラマン」のテーマをやりたいなら、「80を母星に連れ帰りたいユリアン」と 「地球を守る事にこだわる80」の対比にでもした方が、それに基づく矢的猛のアイデンティティを確立し直しつつ、 ウルトラ族としてのしかるべき距離を取りながら地球人と歩んでいこうとする80の姿も描けて、収まりが良かったように思えるのですが……。
−−−

 と書いたのですが、いやまさか、そうだった事にされるとは、夢にも思いませんでした(笑)
 1年物の長丁場なので、話を進める上で現行の設定が上手く転がしにくくなり、途中で「こうした方が話がスムーズに繋がるのでは……」 と思いつく事はままあるだろうとは思うのですが(視聴者が見ていて思うような事は、プロの作り手はだいたい考えているでしょうし)、 とはいえこれまでの積み重ねを無かったことにも出来ない……と、徐々にスライドさせて修正を図るか、 その設定で切り抜ける方法を考えそうなところを、まさかの、完・全・修・正。
 最終話だけ取り出すと80帰還の理由として綺麗に収まっているのですが、その為にユリアンが地球に来た理由から改変してしまう、 『80』ここに極まれり、の時空を超えるカタストロフを引き起こし、ある意味で、実に『80』最終話にふさわしい内容 (むしろ涼子登場のタイミングでは、死んだ城野隊員の遺志に応える為にも地球を守らねばならない、と新たな薪がくべられていた上に、 涼子もそれに同意していたわけで……)。
 「それに、今度の戦いで君は傷ついてしまった。……もう、80に変身しないでくれ」
 前回の戦闘での負傷も理由に上乗せされ、ここに来て青首竜の頭突きが重くのしかかりますが、多分あれは、別のユニバースでの出来事です。
 二人の変身を止めたキャップは出撃し、九州の部隊と合流。再び鉄球作戦が開始されたその時、後輩A機墜落の危機を救ったのは、 オーストラリアゾーンからやってきたハラダとタジマ!
 「キャップ、いいところでやってきたでしょう?」
 「ありがとう。ありがとう!」
 明らかにこの瞬間、別のユニバースとの次元の扉が開いていますが、ここの登場の仕方は格好良かったです。 ハラダ&タジマの援護もありマーゴドンに鉄球が直撃すると粉々に砕け散る怪獣!!(これはこれで大変ツッコミどころの多い作戦なのですが、 周辺で発生している事象があまりにあまりすぎて、それどころではなく)
 怪獣の撃破と共にミナミハラ市は春の暖かさを取り戻し、勝利の歓喜に湧きながら基地に戻った隊員たちを待っていたのは……
 「城野……城野エミ!」
 「ハイ、私ハ、UGM科学班が造ッタ、城野エミノアンドロイドデス」
 殉職した城野隊員と瓜二つの存在が、銀色のキラキラ衣装を着て機械音声でたどたどしく喋り、 誰だその企画を実行した悪魔。
 「皆さんが、いつまでも亡くなった城野隊員を懐かしく思われているので、私とセラさんが、こっそり科学班に、 造っていただいたんですよ」
 貴様等かぁ!!
 ノンちゃん時代を含めると、今作の超次元移動に最後までついてきた希少な存在であるユリ子が、 最後の最後でとんでもない爆弾を放り込み、最終回オールキャストの都合でしょうが、 世の中には洒落で済む事と済まない事があると思うわけで、生命の尊厳を貶める人類文明は、やはり消滅させるべきなのかもしれません。
 「……いよいよお別れだな、ウルトラマン80」
 キャップはその場で矢的猛の正体を告げる事で退路を完全に断ち、作戦司令室で行われる、ささやかなお別れパーティ。
 「これまで我々は、いつも80の助けを借りてきた。我々はいつも弱かった。それは、知らず知らずの内に、80に頼ろうとする気持ちが、 みんなの心のどこかにあったからだろう。残念ながら私もそうだった。……しかし、私はある時決心した。 自分たちの手で戦い抜かなければならないんだと」
 まとめに入ったキャップが《交渉》LV80を発動し、シリーズに通底するテーゼを持ち出す事で10年分以上の説得力を上乗せして説かれる、 地球人の自立。
 「それは、ウルトラマン80が、怪獣との戦いで傷つき、更にウルトラの星に事情が出来て、星涼子隊員こと、このユリアンが、 ウルトラマン80を呼びに来た事がわかってしまったからだ」
 そして、さらりと補強される、改変された過去と虚空から捏造されて一切説明されない「事情」。
 ガルタン大王の存在そのものが無かった事にされている勢いですが、 ガルタン大王がやってこないと城野隊員の殉職も無かった事になってしまうので、このユニバースの城野隊員は、 スノーアート事件の際に殉職しているのかもしれません(そしてユリ子が、気象班からUGM所属に)。
 ガルタン大王が地球に来たユニバースの方は多分、前回ラストでウルトラ説教が失敗して80とユリアンが訣別した結果、 「本当にこの宇宙に要らないのは、ウルトラの星なのよ!」と暴走したユリアンがウルトラの星を消滅させるバッドエンドルートに入りました。
 謎の「事情」については恐らく、第30話前後〜第48話辺りまで、 敵性宇宙人に拉致されたキャップとチーフが現地のレジスタンスと共に悪の宇宙人帝国に立ち向かい、 別のウルトラマンと協力して独裁政権を打ち倒す劇場版『ウルトラマンジーニアス外伝』的な物語が存在しており、 別れ際に「そういえば、君の星に居るウルトラマンが留年寸前なので、一度、ウルトラの星に戻るように言ってくれないだろうか」 とか頼まれたのでしょう。
 「今我々は怪獣に勝った。80の助けを借りないで、地球最後かもしれぬ、大怪獣をやっつけることが出来た」
 だいぶマーゴドンを盛りまくるキャップですが、なんだか、UGMと80の関係が、のび太とドラえもんになっています。
 これも、第1話の怪獣復活から順調に練度を積み重ねてきたUGMの到達点、としてならそれなりに納得が行ったのですが、 なにぶんUGMが「途中で練度が第1話に戻る」「キャップが故障する(敵性宇宙人疑惑あり)」 「チーフの脳が溶ける(敵性宇宙人疑惑あり)」など色々ありすぎたので、“理想のUGM”があまりにも嘘っぽくなってしまったのが残念。
 ……にしても、UGMを半壊させたといってもいい石堂さんがこの最終回の脚本も担当しており、途中参加という事もあるでしょうが、 石堂さんとしてはその時その時のオーダーに応えていただけでUGMの一貫性に全く興味が無かったのだろうか、 というのはなかなか複雑な気持ちにさせられます(石堂さんからすると逆に、これまでのオーダーと180度違う雰囲気を要求されて、 困ったかもですが)。
 「これで我々は胸を張って、ウルトラマン80とユリアンに、さよならを言える。二人は今日限り、ウルトラの星に帰っていく」
 「……どうしてもそうしなければならないのか?」
 「ええ。我々二人は、一旦ウルトラの星に帰り、しばらく休養すると、また別の星に派遣されます」
 ここで何故かチーフが、別に居てもいいんじゃないか、と腰の据わらない水を向けると、 矢的は矢的で派遣期間が決まっているような事を言い出して、実態は強制送還なのか本当に本社の都合なのか曖昧にされ、 チーフの不自然な発言からはせめて明るい別れの為に打ち合わせ通りの茶番という解釈も出来なくもないですが…… それはそれで一種の子離れを強制される80、という状況が発生してしまうので、 ウルトラ派遣規約が改定されて強制送還ルールが緩和されたと捉えておく方が平和でしょうか。
 「私は、ほんの短い間でしたけれど、この美しい星、地球の事は、絶対に忘れません」
 涼子が別れの挨拶を述べると、感極まったユリ子が顔を伏せて泣き出すのが、実に送別会。
 「いろんな事がいっぱいありました。みんなの事は、いつまでも、忘れません」
 シリーズ過去作品(『マン』『セブン』『タロウ』辺り)のパッチワーク的な内容の最終回ながら、 地球との別れが朗らかに描かれるのは特徴的といえそうですが、あまりにも送別会すぎて、 涼子と矢的の言葉が社交辞令にしか聞こえなくなってしまったのは、良かったのか悪かったのか(笑)
 「今日の別れは永遠の別れでなく、また会う時までの仮の別れのつもりで居てほしい。本当は……本当は…… ウルトラマン80にいつまでも居てほしかった」
 戦友との別れに涙をこらえたキャップは酒杯を飲み干し、超時空カタストロフが巻き起こった最終回、 戦友なればこそ多少強引でも80を地球から送り出そうとする姿で、第1話に端を発する矢的との関係性が拾われたのは、 キャップファンとして嬉しかったです。
 「……さよならは、終わりではなく、新しい思い出の始まりと言います。じゃあみんな、元気で!」
 完全に、転勤の送別会ノリで酒杯を明るく掲げてウルトラマンは地球を去る事となり、そして、 矢的と涼子は地球最後の一日を楽しんで帰った!!
 ナレーション「ウルトラマン80の物語は、今終わろうとしている。だが、我々の為に、 新しいウルトラマンがきっとやってくるに違いない。ウルトラの星が、いつまでも輝き続ける限り」
 ラストにクレジットともに流れるバラードはなかなか感動的で、送別会、地球デート、 そして変身した80とユリアンが地球を飛び立って遠く輝くウルトラの星へと帰っていき、変身時の「エイティ!」の声で、おわり。
 終わってみると、変わり種のサブタイトルなど実に些細な事だった最終回ですが……ちょっと巻き戻りまして、 お楽しみの前回の次回予告…………「UGM必死の攻撃に、遂に大怪獣マーゴドンは死滅した」。
 ええーーーーー!!(笑)
 送別会でユリ子が泣き崩れている映像もばっちり見せてしまい、凄い、最後まで凄かった80……!
 あと予告ナレーションによると「矢的と涼子は出撃を禁止された」事になっており、鉄球作戦その1の失敗後、 どうして増援部隊に加わろうとせずに露骨に不自然に外に飛び出していったのかと思えば、 作戦から外されるシーンがまるまるカットされていた模様。
 上述しましたが、UGMの成長を順調に描けていたらそれなりの説得力が生じたと思うのですが、 飛躍に次ぐ飛躍で無理矢理になってしまったのは、残念なところでした。
 今回、初めての『ウルトラマン80』で何より驚いたのは、80=教師、 というイメージを根底から覆す1クール目で学園が消滅でしたが、教師である事を忘れ、 なんの説明もなくレギュラー隊員が交代し、物語半ばでメインライターが降板し……変遷の大変目まぐるしい作品でありました。
 私でも名前と存在ぐらいを知っていたユリアンが、実質1話のみの登場という点も驚きでしたが、 擬態である星涼子も最終クールのみのキャラクターであり、その涼子の登場後、 矢的猛が“ウルトラマンと地球人”というテーゼを改めて押し出す構造から着地を決めるのかと思いきや、 物語をまとめる為に最終話にしてユリアンが地球に来た理由から改変されるのが、凄く『80』(笑)
 一応話は繋がっているようで、スタート地点から変更してしまったので繋がっていないという離れ業を、最終話でやってしまえるのは、 ある意味でこれ以上なく『80』らしく、物凄い『80』濃度の最終回でした。
 ただ、変に問題作にしたり、メタ批評的に帰結するのではなく、人類の未来の希望を描くと共に、ウルトラの星は輝き続けているんだ!  とまとめたのは気持ち良く、色々無茶苦茶はやりましたが、その点では、綺麗にまとまったと最終回なのは、良かったです。
 『80』はこれにて終了ですが、番外編を一つ。

−番外編:『ウルトラマンメビウス』第41話−
◆「思い出の先生」◆ (監督:佐野智樹 脚本:川上英幸)
 2005年放映の『ウルトラマンメビウス』における、ウルトラマン80&矢的猛(長谷川初範)登場回。

 ……注目は、矢的先生の後頭部に打点の高い蹴りを叩き込むマドンナ先生。(※無い)
 登校拒否の生徒を迎えに行く教師、という『ウルトラマン80』第2話を彷彿とさせるシーンから物語は始まり、その教師とは、 まさに『80』第2話で登校拒否になっていた少年の成長した姿。
 「その時、迎えに来てくれた先生が、こうして、教えてくれたんだ」
 「好きになればいつかは向こうだって好いてくれるさ」
 「でも、今に好きになるさ。こっちが好きだって言ってるんだもの、そっちだって好きにならないわけないさ。 明日から毎朝迎えに行くぞ」
 ですね!
 ……すみません、この1年以内に見た筈なのに、逆立ちをして「こうしていると、地球を支えているって気がしてくるだろぅ? ぬは、 ぬは、ぬはははははは!」の方は、全く覚えていませんでした(笑)
 矢的先生と登校拒否生徒というと、「彼女でも作れば学校に来たくなるだろ?」のインパクトがあまりに強いわけですが、 剥き出しの1980年も、いつしか過ぎ去りし日々の美しい思い出に染め抜かれていくものなのです (というノスタルジーのネガ面については恐らく意識的に切除して、露悪的に出てしまわないように注意を払われた作りなので、 これは私の中で『80』があまりに新鮮な為ですが、「思い出の先生」と同時に「思い出」そのものがテーマになっているので、 秀逸なサブタイトル)。
 一方その頃、メカっぽい怪獣を追いかけて地球へやってきた80が地球に降り立ち、苦戦しているところにメビウスが現れて共に戦うと、 往年の得意技・打点の高い蹴りを決めるサービスから、W光線で大勝利。
 『メビウス』は完全初見なので、『メビウス』要素に関してはどうしても気になった一つだけ触れようと思いますが…… 狭いな、部屋。
 少子化の影響による統廃合で廃校の決まった桜ヶ丘中学には、かつてを懐かしむ卒業生が顔を見せ、意外や落語が、 割と渋めの二枚目に(笑) (※かつての教え子役は皆、オリジナルキャストではないとの事)
 思い出話に花を咲かせる中で、矢的先生は「ある日突然、居なくなった」事が明らかにされ、不自然極まりないのですが、 普通に考えると、マドンナ先生へのストーカー行為が発覚して懲戒免職となり、 生徒たちにはその事実は伏せられて「矢的先生は家庭の都合で急にゴニョゴニョ……」というやつですね!
 中学教師であるユニバースからそうではないユニバースへ飛び立った『80』マルチユニバース説はさておき、ここで大事なのは、 それでも教え子たちは矢的先生を覚えている事でありますが、同時にこのエピソードが、 「ある日突然、居なかった」事にされた生徒たちの物語である事が示されており、少々屈折した見方をすると、 矢的猛/ウルトラマン80を覚えていたからこそ、かつての教え子達はこの世界に存在の獲得をなしえた、ともいえます。
 それは裏を返せば、彼ら/僕ら/私たちの思い出の中に今も居るから、80はここに帰ってこられた (ここでは、かつての教え子たち=メタ的に当時の視聴者の投影と象徴としても機能している)という事なわけですが…… これはあれです、「人の記憶こそが、時間」(『仮面ライダー電王』)の具体例になっていて面白い。
 「矢的先生、来てくれるといいな」
 廃校を前にクラス会を開こうと話は弾み、矢的先生を呼ぼうと考えた教え子たちは、 桜ヶ丘中学付近で観測された微少なマイナスエネルギーを調査中のメビウス主人公に、 かつてUGMに所属していた筈の矢的猛という人物を知らないか、と持ちかける……。
 矢的がUGMに所属していた事は元関係者から聞いた、のはだいぶ強引になった一方、『80』第2話における、 これはほぼバレたのでは……が拾われて、教師は矢的猛=ウルトラマン80を主張している、のは本編の記憶が鮮やかだと納得のいく流れ。
 (ウルトラマンとしてだけでなく、教師としても慕われてたんですね。……25年後も経った今でも、まだ)
 あ……うん……まあ……間違ってはいないのですが、このキラキラした眼差しの後輩に、マドンナ先生の通勤路で待ち伏せをする矢的先生とか、 城野隊員の前でわざとらしくロマンを語り出す矢的先生とか、ユリ子にデレデレする矢的先生とかの記録映像を送りつけたい衝動にかられます(笑)
 ……あまりにも瞳がキラキラしているので、そういう部分も含めて、全て受け入れそうな気配がしないでもないですが。
 現在、衛星軌道上で待機でもしているのか、ウルトラ念話に応対した80は、かつてマイナスエネルギーの研究中、地球人類に着目し、 その持つ可能性には正負の両面がある事から、思春期の少年少女への教育という形でアプローチを試みた事を述懐。
 「しかし、マイナスエネルギーの発生を食い止める事は、できなかった」
 相次ぐ怪獣災害に対応する為に教師を捨ててUGMに専念する事になった……と『80』本編の相次ぐ迷走に一定の整理が付けられ、 80にとっての教師時代とは、大切な思い出であると同時に、一種の敗北と悔恨の記憶でもあったと位置づけ。
 「遠く離れたとはいえ、私の心には、常に彼らが居る。メビウス、君の口からみんなに伝えてほしい。矢的猛が謝っていたと」
 そしてクラス会の当日――80の言葉を伝えに学校を訪れる主人公だが、 学校そのものが強大なマイナスエネルギーを発生させると失恋怪獣を生み出し、メビウス変身。
 「マイナスエネルギーによって出現した怪獣ならば、私が倒す」
 途中で現れた80がバックルビームを放つと、失恋怪獣はそれを受け入れるように手を広げて成仏し、 屋上に集まっていたかつての教え子達はウルトラマン80=矢的猛に今の仕事や感謝の言葉を伝えると、「仰げば尊し」を合唱して、 幻のED、といった趣向。
 「教え子たちに逆に教えられてしまったな」
 「……兄さん」
 「感謝してるのは私の方か。彼らとともに過ごせた時間は、私にとっても、かけがえのない思い出だからな」
 「さあ、みんなが待っています!」
 「……メビウス、私は自分の言葉で、謝ってみるよ。大切な、私の生徒達だから」
 無言で飛び去った80だが、矢的猛の姿となるとクラス会に向かい、 教え子たちのその後を目にする事で悔恨の記憶から救済された80=矢的猛が、「かけがえのない思い出」と向かい合う事により、 「ある日突然、居なくなった」矢的猛と、「ある日突然、居なかった」事にされた生徒たちの双方にとって、 かつてそれは確かにあった事として思い出とその存在が肯定されると、教え子達の笑顔に囲まれる矢的先生、 で落着。
 上記したようにエピソードの肝が“思い出の肯定”にあるので、最大限に効果を発揮するのは、 やはり25年後に(少なくともある程度の思い出期間を置いてから)見てこそ、ではありましょうが、 『80』本編の迷走に一定の筋を通しつつ、時代背景と教育現場を繋げてクラス会に持ち込んだのは上手い流れで、 そこから幻の卒業式を着地点にするのが綺麗にまとまったエピソードでありました。
 一方でその道具立ての結果、廃校の決定した校舎、には巨大な墓石のイメージも付きまとうのですが、そこから生み出された失恋怪獣は、 言ってしまえば“『80』学園編そのものの怨念”であり、80がそれに向かい合った時に怪獣が納得して成仏していくのは、 気まずい思いを抱えていた80が25年ぶりに墓参りに来て過去と折り合いをつける物語でもあるかなーと。
 ……書いていて思いついた頓知ですが、中学教師・矢的猛が存在していたユニバースの方では公式には矢的は故人となっており、 そちら主観で見ると今回は、25年ぶりに集った教え子たちが、矢的先生の墓参りにいく物語であったのかもしれません。
 それがメビウスの結び目では奇跡のクラス会として現出したのが、今回のエピソードなのかな、と。
 個人的な落としどころの話は話として、構造的に秀逸だったのは、「思い出の先生」への敬慕が「思い出」の実在の肯定へと繋がり、 ではその「思い出」の肯定とはなにか、といえば、色々あって“消えてしまった”『80』学園編を補完・再生する事のみならず、 《ウルトラ》シリーズ全体の肯定でもある事。
 かつて、私/君/我らが興奮した物語は、例えば成長と共に忘れ去って土中にあるか、 或いは朽ち果てた無人の学舎として佇むばかりかもしれないが、しかしそれがそこにあった事は確かであり、 ならばその思い出を否定する必要はなく、それぞれの形で胸の中にあればいい……例えば、今咲き誇る桜の木の下にこそ、 かけがえのない思い出は糧になって眠っているのかもしれないと、そんな物語になっていたように思います(暗示されているように、 存在の肯定と“卒業”が並存しているのも上手い作り)。
 先週まで見ていた&思い入れの方向性としては、キャップと再会したらグッと来たかもなぁとは思いつつも、 それやるとまたコンセプトが変わってしまうので、これはこれでありましょうか。
 ――「今日の別れは永遠の別れでなく、また会う時までの仮の別れのつもりで居てほしい」
 あの日から今や40年、ウルトラの星は今も空に輝き続け、遠くの星から来た男が教えてくれた愛と勇気も、 きっとどこかで誰かの胸の中に輝き、伝え続けられているのでありましょう……それは、人の可能性の光になって。
 以上、『ウルトラマン80』感想でした。

(2021年4月14日)

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